ヴェントゥスの瞳が、目の前を走っているフィリアを追う。こちらから呼びかける前に視線に気がついたフィリアは、微笑みを浮かべて名を呼びながら寄ってきた。それだけで、ヴェントゥスの心に幸福と歓喜が満ちてゆく。
 フィリアは小さな紙袋を持っていて、それから芳ばしい香りが漂ってきた。早速、ヴェントゥスがそれに注目する。

「フィリア、それは?」
「クッキー。アクアに教えてもらって作ったの。はい、これ、ヴェンの分」

 両手で丁寧に渡される。確か、クッキーとは茶色くて丸いものだ。

「ありがとう!」

 わくわくと紙袋を眺めるヴェントゥスに、顔を赤らめたフィリアがそっと囁いてくる。

「あ、あのね、ちょっとコゲちゃったものがあって……気になったら、食べなくていいから」

 どれどれとヴェントゥスが袋を覗いたので自分にも見えた。中身は前のものとは違い、ハートや王冠の形のものから、ちょっと凝ってキーブレード型をしたものがごちゃごちゃと入っている。申告のあったものは、よりによってヴェントゥスのキーブレードを模したものだったのだが、そんなことは大して気にならなかったようで、ヴェントゥスの中には残念なものよりも感激の方が大きかった。

「すごい! 俺、ちゃんと全部、大事に食べるよ」
「……うん!」

 フィリアが照れながらも満面の笑みで頷く。はじめはどうでもいいと思っていた顔ばかりだったが、実に様々な種類のものがあるとこいつらで知った。
 別にフィリアの笑顔は嫌いではない。でも、なんだか今は見ていると苛ついた。耳が長くて地に潜る魔物が肉体の周囲に現れ始める。
 ふと、ヴェントゥスから紙袋を取り上げ、中身を叩き割ってやったらどうなるだろうという考えが頭を過ぎった。きっとフィリアはひどく怒り、悲しみ、落ち込むだろう。けれど、そうしたらヴェントゥスから得た喜びなんて忘れてしまうかもしれない。
 そうしてやりたいと思った。










 適当な世界をぶらついている今日も、フィリアはよく自分の心に登場する。最近ではついに指の絆創膏が取れ、練習台になって失敗した縫い物の修繕を行っているらしい。
 修行中のヴェントゥスよりもフィリアの方へ意識を奪われたままでいると、突然、右足に激痛が走り思わず呻く。ヴェントゥスめ、受身に失敗したようだ。

「今、ケアルするから」

 テラたちがポーションを取りに行った隙に、当然のようにフィリアがこそこそ魔法を唱えてくる。直接自分がかけられるものではないが、緑色の光の治療を受けるとき、自然と肩の力が抜けてゆく。どれだけの痛みを共有しても、これがあるから平気に思えた。

「二人だけの秘密だよ」

 秘密を知るのは二人だけではないと知ったら、フィリアはどんな顔をするのだろう。目を見開き、おどおど困惑する姿を想像してみれば、今すぐにでも教えてやりたくなったし、また、知ってほしいと思い始めていた。




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