頭の裏が一瞬赤くなるような感覚に、息をつめた。右の人差し指の先がじんと熱くなる。ヴェントゥスは顔を若干曇らせて、そこを見つめた。引かれた赤い線がどんどん濃くなっていって、血が滲み垂れ始めた。
「ヴェン?」
フィリアが顔を寄せてくる。傷に気づくと、目と口をぱかっと開いた。
「本のページで切っちゃったんだね。見せて」
言って、フィリアは怪我した手を掴むなり目を閉じる。難しそうな顔をして、唸るような声まで出した。何をしているんだ、こいつは。
観察していると、信じられないほどゆっくりとフィリアの魔力が集ってゆくことに気がついた。待っていれば、風もないのにフィリアの髪が揺れはじめ、やっと魔力の流れが加速してゆく。
「癒しよ」
繋いだ手を中心に光が周囲に振りまかれ、頭上からも降ってくる。あの瞬間と同じ光。輝きが収まると、痛みはが消え失せ、いつもの指に戻っていた。
「よかった、うまくできた……」
長く息を吐いて、破顔するフィリアをヴェントゥスが見つめる。額に薄ら汗が滲んでいた。
ただの無能な子どもかと思ったが、一応、魔法を扱えるらしい。だが、たったこれだけの治癒にこんなに時間をかけるなんて、あまりにもとろい。戦闘能力は期待できそうにない。
「もう、痛くない?」
壊れた人形のように、ヴェントゥスは答えられる質問へ素直に頷く。
「まだ、よく失敗しちゃうんだ。成功したのは、前にヴェンにかけてあげたときと、今と……あとー……」
天井を見上げながら指折り数えてゆく発言に、ヴェントゥスは記憶を探ろうとして、よく思い出せていなかった。深く考えることすらできないのかもしれない。
あの時の光はこいつの仕業だったのか。ぽつり、とした興味があった。
「来い」と言われて走る。手にある棒で、殴りかかる。
マスター・ゼアノートの元で鍛えていた感覚は、剣の持ち方くらいしか残っていないのか? 体躯の差からして、すぐに力では敵わない相手と見抜くことができるだろうに、ヴェントゥスはただひたすらに突っ込んで木の棒を振り回す。
何度もぶつかり、それごとに地を転がされる。単調な打ち合いの繰り返し。心で感知しているので、ヴェントゥスが痛いと思ったことはこちらも痛いと錯覚する。げんなり聞いていた絵本の方がマシだった。
「ヴェン、もうおしまいか?」
「だいじょうぶ? がんばって!」
テラとアクアが笑いかけてくる。
不思議で仕方なかった。フィリアもそうだし、こいつらも楽しそうな顔ばかりする。ヴェントゥスは自分から残された残滓のような存在なのに、それと一緒にいてなにが嬉しいのか、さっぱり理解できなかった。
情けなく負ける感覚ばかりに嫌気がさして心を離すが、荒野に戻ってもすぐにこちらの世界が気になり、また心を寄せる。最近、傍にいなくなったフィリアがヴェントゥスの視界に映らないか探していた。
なぜ自分がこんなことを。抱いた不満をどうしたらよいのかわからないまま、ただこの世界を覗く時間ばかりが増えてゆく。
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