「Χブレードになれ!」
掲げたΧブレードには、もう生まれたときのような美しさも力もない。今にも壊れそうな剣で、逃げ回るヴェントゥスを追いかける。
「逃がさない」
なぜΧブレードは欠けたのだろう。融合は完璧だったはずなのに。やっと苦しみから解放されたと思ったのに。
力任せに振り下ろしたΧブレードが、ヴェントゥスのキーブレードに受け止められた。鍔迫り合いになり、仮面がないので視線が合う。青い瞳は憎らしいほどに落ち着いていて、真っ直ぐに見つめてきた。長々と見られるのが不快で、すぐ剣を離す。
大切なものがあると、つけこまれる。守り抜くには誰よりも強くなるしかない。その理屈は知っている。
それでも、今のヴェントゥスの考えは分からなかった。もう一度融合すれば、今度はヴェントゥスが体を操るようになるかもしれないのに。その可能性を端から捨てて消滅を選び、なぜ恐怖や躊躇いをこれっぽっちも感じずに戦えるのか。
「全てを失え!」
こいつは大切なものをたくさん持っている。それらを永遠に失うのだ。二度と会えなくなるし、眼差しも温もりも得られない。惜しくはないのか。悔しくは――?
「闇に堕ちろ!」
自分であり、長年眺めてきた存在なのに理解できない。不愉快だった。消してやる。今度こそ闇に溶かして、こいつの存在をなくしてやる。
「絶望しろ!」
思い切り振り下ろした剣を正確に防がれて、ますます苛立つ。
「――嫌だっ!」
剣を弾かれ体勢を崩した隙に、キーブレードでしたたか横腹を叩かれた。痛みがジクジク体を蝕んで、さらに心をかき乱す。
「諦めろ!」
Χブレードが無くなれば、フィリアだって消滅する。こいつはそれを知らない。自分が犠牲になれば全てが丸く収まると思っている。
フィリアのことを知れば、すぐに考えを改めさせるまではいかなくても、惑わせ力を失わせることはできるだろう。マスター・ゼアノートもそのつもりで利用していた。だから、絶対に教えたくなかった。
もうフィリアを守っているのはおまえじゃない。おまえが守ろうとすればするほど、おまえがあいつを追い詰めるんだ。
「おまえこそ!」
ヴェントゥスの背に六本の風の剣が羽のように現れた。眩しくて思わず目を細める。
こいつはどこまで強くなるのだろう。初めて戦ったときは、容易く叩きのめせたのに。Χブレードを作った時も負かされた。肉体的な強さは対等なはず。ならば、こいつの言う“繋がる心”とやらの差なのだろうか。
すでに互いの体は傷だらけで、どこを動かしても痛みを伴った。
少し距離をとったところで、どちらともなく足を止めた。荒い呼吸を繰り返しながら相手を睨む。
「Χブレードを壊したところで、マスター・ゼアノートの計画は止められないぞ」
「テラとアクアがいる。あの二人なら、絶対に止めてくれるって信じてる」
認めよう。ずっとずっとこいつのことが妬ましかった――そして、とても羨ましい。
体の限界が近づいてきていることを悟る。早く融合しなければ消滅するだろう。悪あがきと思われようが、手段を選んでいられない。
高く飛び上がると、警戒したヴェントゥスが硬く身構えた。
「ヴァニタス!」
「――終わりにしよう」
Χブレードでステンドグラスを叩き割る。破片がバラバラに散らばって、暗闇に浮かぶ星のように煌めいた。
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