燃えるようなオーラを纏ったΧブレード。彼の身長では扱いやすい長さではなさそうなのに、目で追うのも難しい速度で剣撃が繰り出されている。
「うっ!」
防戦一方であったアクアの鎧の左肩が、派手な音をたてて壊れた。体勢を崩したアクアに、ヴァニタスは更に追撃をしようとしている。いけない――!
「消えろ」
「たあっ!」
とっさのところで星のキーブレードが合間に入り、彼女を守った。しかし次の瞬間には振り払われて、あっけなく地面へ叩き落とされる。
二対一なのに、全く歯が立っていなかった。アクアたちが弱いのではなく、彼とΧブレードが強すぎる。
彼らを助けなくては。何をしている。立ち上がることすらできていない己を何度も叱咤した。けれど、あれほど容易く操れていた攻撃魔法がひとつも具現してくれない。自分のなかで彼を倒す意思よりも傷つけたくないという想いが勝ってしまっているからだ。
「はっ!」
アクアが下から斬りこむ。易々と受け止められて、簡単に弾き飛ばされた。痛みに喘いでいる彼女へ、ヴァニタスがゆっくり歩み寄る。
「く……ぅ」
「無力さを思い知れ」
彼女めがけてギロチンのように振り上げられる剣。風魔法を唱えようとして、大気が渦巻いただけで終わる。
アクアを助けたいと思う気持ちだって本物なのに。
「やめてっ!!」
ありったけの声で叫ぶ。すると彼はちらりとこちらを見やって、反撃しようとしていたアクアをまた乱暴に跳ね飛ばした。
「アクア!」
防御はしていたが、岩の間へ転がっていったアクアからの返答はない。這ってでも彼女の元へ行こうとしたとき、闇の回廊を使ったのか、いきなり目の前にヴァニタスが現れた。思わず離れようとするも、素早く襟元を掴まれ立たされて、横にあった岩壁に押しつけられる。
「すべてを受け入れろ」
眼前の彼は、ヴェントゥスにはできないであろう鋭利な目つきで言い放つ。
「おまえにできることは、それだけだ」
「すべて……」
話すには少し苦しくて、襟の手に己のを重ねる。彼に伝えたいことがたくさんあった。
「ヴァニタス」
初めて呼ぶ、彼の名前。触れていた手がピクリと反応する。
「やっと全部分かったの。君とゼアノートの言っていた通りだった……」
ずっと目を逸らしていた。どうしてあの夜の滝で、彼と戦うことがあんなにも嫌だったのか。あの魔法が発動しなかったのか。あの時点で、とっくに気がつくことができたからだ。彼とヴェントゥスの心が他人としてはありえないほど、鏡で映したくらいに酷似していることに――彼がヴェントゥスであることに。
闇の部分、別の自己を形成していたとしても、愛するヴェントゥスであるならば、彼もまた愛しく思う。だから無意識にせよ気付こうとしなかった。こうして戦えなくなってしまうから。
闇の彼の心を感じると苦しくなる。彼の心は冷えた孤独に沈んでいて、苦痛に満ちていた。自分が想像する以上に長い間、苦悩し耐えてきたのだろう。
ヴェントゥスにはいつも笑顔でいてほしい。彼を慰め、癒し、安心させてあげられるのなら、どんなことだってしてあげたい。
「私ね、君のことが好き」
「…………なっ!?」
彼は一瞬ポカンとし、すぐさま目を丸くした。かわいらしいほど真っ赤になる無防備な表情は、ヴェントゥスも浮かべるものだ。
「君の全部が、大好きです」
ヴェントゥスとヴァニタス。ふたつに別れてしまった心へ告げる。
彼の拳に力がこもった。金色の目に鋭さが戻る。
「……何を言っているのか、わかっているのか」
「うん、こんな時なのにね」
あの日、初めて会ったときからずっと、彼は自分を追い詰めると同時に守ろうとしてくれていた。
もっと早くに気がついていたら。真実を見つめることができていたなら。過ぎてしまった時の“もしも”など考えたところで仕方がないが、それでも後悔せずにはいられない。
「でも、いまじゃないと、言えそうにないから」
こうして襟を掴まれている今でさえ、ヴァニタスに守られている。けれど、この道は世界を滅ぼしかねない結末にしか繋がっていない。大切なもので溢れた世界を、何よりヴェントゥスをないがしろにして、保身に走ることなどできない。自分はそのように生きられない。彼の望みを受け入れられない。
「……私は、ずっと君の傍にいる」
頬に手を伸ばす。拒絶されなかった。朱を宿したままの肌はあたたかい。
「だから、おねがい」
アクアと黒耳の彼が立ち上がり、こちらに向かってキーブレードを構えていた。光の魔法の気配がする。ヴァニタスもそれに気がついていたが、自分から視線も手も離さないでいてくれた。彼の真摯さに胸が傷んだ。
「もう、私を守らないで」
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