金の目を開くなり、ヴェントゥスは口端を釣り上げて目の前のアクアを見下すように笑ってみせた。右手に持っていた金色の刃で彼女を突き刺そうとしている。不意打ちに、アクアの反応は遅れていた。
隣にいた彼が跳ぶ。次の瞬間にはキーブレードで金の剣先を逸らさせることに成功し、転びそうになりながら後ずさったアクアを守るように両手を広げた。
ヴェントゥスがアクアを攻撃しようとした。
ヴェントゥスがどうしてそんなことを。
ヴェントゥスはそんなことをしない。
でも、あれはヴェントゥスだ。
心から愛した友であり家族であり、誰よりも大切なひと…………だった。
「彼はヴェンじゃない!」
ヴェントゥスじゃない。
ヴェントゥスじゃない?
だって、彼は――。
視界がぐにゃぐにゃと歪み、上手く空気を吸うことができない。
いまの彼を見て、ようやく全てを理解した。自分がずっと犯してきた罪までも。
「そう、俺はヴェントゥスじゃない……」
そっと答えてきた声は、ヴェントゥスのものとヴァニタスのものが混じりあっていて、不思議な響きを孕んでいた。闇に包まれ、ヴェントゥスの鎧がヴァニタスが着ていたスーツに変わる。
「あいつの心は俺が取り込んでやった」
「な――!?」
アクアの肩が大きく震えた。
二本のキーブレードが交差した柄に、美しく伸びた黄金の刃。Χブレードを掲げたヴァニタスは誇らしげに続ける。
「このΧブレードで扉を開き、全ての世界がつながる! そして光の心、キングダムハーツを求め、あらゆる世界からキーブレードを持つ者がここに集うのだ!」
空にあるキングダムハーツを見上げながら、満面の笑みで語られるこれからのこと。
「これぞ伝説の再来――キーブレード戦争だ!」
キーブレード使いたちによる戦争。それはきっと、全ての世界を巻き込み壊しかねないもの。――それこそが、ゼアノートの真の目的。
「ぁ……」
足に力が入らず、その場にへたりこんだ。自分にできることは、もうない。その絶望感に叩きのめされていた。
「黙れ!」
その時、澄んだ鋭い声が場を貫く。キーブレードを構えたアクアと黒耳の彼が、ヴァニタスの前に並び立った。
「戯言を聞く気はない! ヴェンの心を返してもらう!」
ヴェンの心を返して――。
それが正しい表現ではないことに、彼女は気がついているのだろうか。
アクアがチラリとこちらを見た。
「フィリア、立って!」
「でも、アクア――」
「諦めないで!」
ぴしゃりと言われ、言葉の先を言えずに噤む。
「私たちなら、必ず、ヴェンを助けだせる!」
助けるのだ。ヴェントゥスを、ヴァニタスから。
それを迷うなど、ヴェントゥスへの裏切りだ。
またヴェントゥスに会いたい。彼が恋しい。伝えたいことが、約束がたくさんある。
なのに、どうしても体が震えが止まらない。足に力が戻ってこない。強い気持ちを取り戻せない。
「もう手遅れだ!」
未だ立てずにいる自分をよそに、嘲笑を浮かべたヴァニタスがアクアに斬りかかった。
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