「あれは」

 いきなり彼が声を上げたので、振り向いてその視線を辿った。その先に落ちている、くすんだ青を見てヒッと息を飲む。

「アク、ア?」

 凛々しく美しかった彼女が、倒れ、ピクリとも動かない姿。名を何回も呼びながら駆け寄った。蒼白した顔色。土にまみれた鎧はあちこち破損していて、特に胸元から腹部にかけて一閃された痕が深刻だった。

「まだ生きてる。でも、ひどい……!」

 悪い夢を見ている気分だった。かろうじて息はあるものの非常に弱々しく、いつ途切れてしまってもおかしくない。重傷により昏睡に陥っていて、必死の呼びかけにも目を開くことはなかった。

「フィリア。落ち着いて。僕たちにできることをしよう」

 涙を堪え、彼と一緒に幾度も回復魔法を試みる。魔法はアクアの血を流す肌を元の状態に戻してゆくけれど、外傷を塞ぎ痛みを和らげるだけで、失われた血や破損した内蔵までを補うことはできない。

「だいじょうぶ。絶対に目を覚ますよ」

 額に汗を浮かべながら、彼が言い続ける。それに何度も頷きながら、自分の血を捧げるようにアクアに回復魔法を唱え続けた。
                      




 いきなり彼女の意識が戻ったのは、治癒魔法を唱え始めてしばらくたったあとのことだった。見開いた眼が虚空を見つめ、そしてゆるりと曇る。

「よかった、気がついた」
「アクアぁ!」

 起き上がりかけた彼女に夢中で抱きついた。ぬくもりがある。しっかりとした鼓動がある。名を呼ぶいつもの声が近くで聞こえる。泣きだす代わりに、腕の力を目一杯込めた。

「う、フィリア、ちょっと苦しい……」
「君は、ひどい傷を負って倒れていたんだ」
「……ふたりとも、ありがとう。もう大丈夫だから」

 片手が背にまわり、もう片方の手は髪を撫でてくれた。慈しみある仕草に、やっと気持ちが落ち着いてくる。彼女を失わずにすんで、ほんとうに良かった。
 腕を緩めてアクアと微笑みあい、心の底から良かったと安堵すると同時に思い出す最重要事項。

「アクア、ヴェンはどこ?」
「――――ヴェン!」

 アクアが勢いよく立ち上がり、周囲を幾度も見回した。その様子から、アクアが気絶する直前までヴェントゥスと共にいて、彼女が倒れたあと、ソレとヴェントゥスが戦ったのではないかと推察した。静寂からして、すでにその戦いの決着がついている可能性が高い。彼が無事ならば、戦闘後、傷ついたアクアを放っておくはずがない――

「よかった、ヴェン!」

 アクアがすぐに叫んだので、組みあがりかけていた底なし穴のパズルは崩壊した。アクアと同じ方向を見る。その先に、俯き立つヴェントゥスがいた。

「ヴェントゥス……!」
「無事だったのね!」

 ヴェントゥスの元へ行くアクアに続き、彼と共に走り出した。



「ヴェン?」

 アクアが目の前に到着しても、ヴェントゥスは動かなかった。アクアが屈み、彼の顔を覗きこむ。しかし、それでも黙ったまま。
 ヴェントゥスの鎧もアクアと同じように戦いの跡があったが、佇まいには生気があった。立ちながら寝ているのだろうか。まったく、心配したんだから。アクアと彼を起こすのはあの日の夜以来だなと、くすっと笑みをこぼしそうになったときだ。

「あっ!」
「どうした、の――

 突然、隣を走っていた彼が険しい表情で立ち止まった。
 だから、つられて立ち止まった自分にも、“なに”が、“どう”違っていたのかに、そこでやっと気がつけた。




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