竜巻に巻き込まれたキーブレードの上に乗ったヴァニタスが、氷の弾を撃ってくる。逃げても躱しても追いかけてくるので、キーブレードで叩き消した。
 竜巻からヴァニタスが降りたところを狙って斬りかかるが、歯車のキーブレードに防がれる。次は左肩を狙い、また防がれる。視界の端でヴァニタスの足が動く。腹を狙った回し蹴りを避けながら背後にまわりこみ、そのまま横腹にキーブレードを叩きつけた。
 確かな手応えと、ヴァニタスの呻き声。前に戦ったときはろくに手も足も出なかった。こんな時だが己の成長を実感していた。
 追撃してやろうとしたとき、ヴァニタスの姿がかき消える。上に気配。振り下ろされた刃はなんとか避けたものの、ヴァニタスのキーブレードが触れた地表から闇の結晶が発生した。鋭く尖っているそれはこちらに向かって伸びてくる。身をひねって避けようとしたが間に合わず、先端が背に刺さった。痛みに顔を顰めるが、鎧のおかげでまだ傷は浅い。
 服の背が血で濡れる感覚を無視しながら、立ち上がるヴァニタスへまた斬りかかる。互いに動きが鈍るまえに決着をつけてやろうと必死だった。

「ぐっ――!」

 キーブレードが仮面を掠めたとき、ヴァニタスが溶けるように地へ潜った。足元に闇が追いかけてくる。直感に従ってそれから転がるように逃げ回ると、勢いよく地から飛び出たヴァニタスが火の雨をふらせてきた。

「消えろ!」
「あつっ!」

 防御した鎧の左腕が黒く焦げる。熱い。歯をくしばって踏ん張り、着地したところを斬る。ヴァニタスの反応は早く、不安定な体制なのに受け止められてそのまま鍔迫り合いになる。剣を合わせている場所から火花が散って、その輝きの刹那に何かが垣間見えたような感じがした。
 刃にかかる重さに負けじと力を込め、限界で相手を突き放す。後方へ跳ぶ間に光の魔法の準備をした。ヴァニタスがすぐさま斬りかかってくる。今度は迎え撃たずに、キーブレードを掲げた。

「これでどうだ!」

 ホーリーによって、六本の光の柱が現れる。すでに剣を構えて突っ込んできていたヴァニタスは避けきれず、光の柱の一本にぶつかった。光に埋め尽くされる視界のなか、苦痛の悲鳴を上げながら、ヴァニタスが下から上へ剣を振り上げるのが見えた。嫌な予感に身をよじらせたが、光の中を切り裂いて現れた闇の刃に鎧の肩を深く斬られる。電流が走るような痛みに息をのんだ。
 光が全て消える前に高く高く飛び上がり、ヴァニタスの頭上めがけて急降下する。セレスティアル――あまり使い慣れていないけれど、威力は充分。ヴァニタスはキーブレードを横にして防御してきたけれど、攻撃を耐えてゆくごとに足もとがおぼつかなくなっていた。
 四回目の攻撃のとき、ついにヴァニタスの片膝が地につく。その体から、空気に滲んでゆくようにじわじわ闇が漏れ始めていた。
 身を翻し、ヴァニタスから少し離れた場所に着地する。まだキーブレードの構えを解かず、警戒しながらヴァニタスの様子を伺った。

「……よくやった」

 恨み言のひとつでもぶつけられるかと思っていたが、意外なことに、ヴァニタスは褒めてきた。立ち上がりながら、その顔を覆っていた闇色の仮面が溶けるように消失してゆく。

「あ……」

 ドクリ、と心臓が鳴る。

「これで俺の体は滅び――おまえと融合を果たす」

 はじめて見たその素顔は、とても嬉しそうに笑っていた。きれいな金色の目と黒い髪。半身のはずなのに己と全く同じ姿でなかったが、それでも懐かしさがあった。

「Χブレードの完成だ!」
「なっ!?」

 ヴァニタスが両手を広げた途端、取り囲むように闇が地の上を走った。そこから飛んできたいくつかの黒い塊が取り付いてきて、フラッドの姿になる。反応が遅れ、拘束されてしまった。振りほどけないまま、魔物たちの重みに負けて両膝をつく。

「おまえが、アンヴァースを?」

 倒しても倒しても、際限無く現れたアンヴァース。睨みつけながら訊ねると、ヴァニタスはクッっと笑った。

「これは俺とおまえが別れた時に生まれた、負の感情に芽生えし魔物。生命としては未熟な――言わば俺の感情の一部なのさ」

 ゆっくりとヴァニタスが近づいてくる。なんとか魔物の戒めから抜け出そうと試みるも、腕はがっちり固定されていて動かないし、魔力も先ほどのホーリーによる消耗が激しくうまく練れない。

「こいつらを世界にバラまけば――おまえらが単独で旅立ちの地から離れるだろうという計画だった」

 すぐ目の前にヴァニタスが立つ。その背後には今まで倒した覚えのあるアンヴァースたちが整列し、亡霊のように静かにこちらを見つめていた。

「おまけに、こいつらを倒してくれれば、おまえたちを強くする事ができる」

 それだけのためだけに、世界じゅうの人を苦しめたのか? 許せないと同時に、マスター・ゼアノートたちの執念にぞっとする思いだった。

「そして、倒されたアンヴァースの感情は、再び俺に還元されていく」

 ずるりとアンヴァースたちの形がくずれはじめ、ただの闇となってヴァニタスの中へ吸収されてゆく。目の前に立つこいつは、本当に自分で、生きものなのか。それすら疑うような、おぞましい光景だった。
 ヴァニタスが嘲ったまま、顔を近づけてくる。

「おかげで、こうしてすべてがうまく運んだ」

 ――さぁ、元にもどろう。
 ヴァニタスが更に寄ってきて、体が大きな光に包まれた。きっと磁石が引き合ったり、パズルのピースがきっちりくぼみに収まることと同じ、当然で自然なことなのだろう。この流れに抗いようもなく、為すすべもない。自分の気持ち以外の全てが、戻ってきた一部を喜んで受け入れていた。

「うう……ううぅぅう……うぅぅ……!」

 光のなか、心が闇に満たされて、溢れて、塗りつぶされゆく。もどかしいような苦痛が耐え難いものに変わっていく。助けを求めて友達の顔を思い浮かべた。今までの彼らとの思い出や笑顔が蘇り、駆け巡り、手を伸ばそうとしたところで闇の中にふつりと消えた。




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