男の撃った銃弾を全てキーブレードで防いだアクアが、そのまま男に一太刀浴びせ、よろめかせる。

――やっぱり強いな、キーブレード使いってのはよ!」

 アクアから大きく距離を取りつつ、切れた息づかいで男は言った。

「俺の選択に、間違いはなかったってハナシだ!」

 戦闘に興奮しているためか、意味不明なことを満ち足りた顔で叫んでいる。しかし、アクアが再び走り出せば、とたんに男は背を向けた。

「まぁ、時間稼ぎはこんなもんで十分か!」
「なに……?」

 抵抗もなくただ逃げた男を深追いせず、アクアが立ち止まる。その姿が遠のいたのを確認し、こちらを向いた。

「ヴェン!」

 アクアが男と戦っている最中もずっと凍結を解除しようと試みていたが、未だ叶っていなかった。魔法の源が精神の力ならば、ゼアノートに意思の力で負けているとでもいうのだろうか。
 こうしている場合ではないのに。動かない体をもどかしく思っていると、闇の気配がした。アクアのすぐ上からだ。

「アクア!」
――――!」

 アクアも気づいたようだったが、遅すぎた。斬られ、声も上げずに仰向けに倒れた彼女に、ヴァニタスのキーブレードの切っ先が向けられる。

「……」

 じらすように、じっくり剣を持ちあげるヴァニタス。アクアを消すつもりだ。嫌だ。嫌だ! 凍る鎧の中、死に物狂いで足掻いた。このまま何もできず、ただ彼女が消えるところを見ているだけなんて絶対に自分を許せない。

「やめろー!」

 力を溜めたヴァニタスが、ついに剣を振り下ろそうとしたとき――やっと体が動かせるようになった。立ち上がったこちらを見て、ヴァニタスはアクアから興味をなくし近づいてくる。無事とはいえないが、アクアから離れたことに、ほんの少しだけほっとした。

「ようやく覚悟が決まったようだな」
「……だまれ!」

 嬉しそうな声音で話すヴァニタスをきつく睨んだ。結局、ゼアノートの筋書き通りに動かされている。わかっているのに、もう他にどうしようもない。
 ヴァニタスがキーブレードの刃を向けてくるのに応え、自分もキーブレードを呼び出した。初めてヴァニタスと戦ったときには傍にフィリアがいたけれど、今は――

「はじめよう」
「…………」

 必ず守るから。
 心に浮かぶ人々に言って、ヴァニタスとの戦闘を開始した。





★ ★ ★





 頭から崖下へ落ちてゆく。必死に魔力をかき集め、両手に集中させながら下へ向けた。

――風よっ!」

 圧縮させた風を一点に放出する。足が使い物にならなかったので倒れこむようなかたちだったが、なんとか地面に叩きつけられることだけは避けられた。

「はっ、くぅ……!」

 全身を襲う、脳天を貫く痛みに意識を手放しそうになってしまう。まるで体がひとつの心臓となって脈動しているかのように、激痛の波が絶えず続いた。熱に浮かされるようにぼんやりした頭を掌で押さえながら、意識して酸素を吸い、気絶しないよう歯を食いしばる。
 ここでのんびり倒れている暇はないのだ。Χブレードが完成し、キングダムハーツが完璧な形でこの世界に現れてしまったら、マスター・エラクゥスが、テラが、アクアが、ヴェントゥスが守ろうとしていた、たくさんの友達がいる光の世界がどうなってしまうかわからない。だから、今ならばまだ――キングダムハーツを引き留めている自分が消滅し、ヴェントゥスを守れば済むかもしれない。

「癒やしよ」

 残る魔力を振り絞り、ケアルガとエスナにより足の治癒を試みる。魔法は膝下あたりまでしか広がっていなかったので、思ったよりは時間がかかってしまったが、なんとか解除することができた。
 テラも心配だが、まずはヴェントゥスの元へ。Χブレードを完成させなければ、きっと――
 決断し、よろけながらも立ち上がったときだった。

「あうっ!」

 突然、左腕に大きな衝撃があった。威力に負けた体はあっけなく弾かれ、石だらけの地を転がる。いったい何が。呻きながら上半身を起こすと、衝撃を受け止めた鎧の装着装置がバラバラと地に落ちた。

「そんな――

 アクアからもらった鎧が。心痛に浸る間もなかった。

「全く、あのじじい、面倒ばかり押し付けやがって」
「だれ?」

 全くの予想外。知らない男の声に混乱する。顔に眼帯をした男が、岩上から銃を構えたままこちらを見下ろしていた。すでに戦闘をしてきた後なのか、服や髪に乱れがあり、血や土埃で汚れている。

「こいつはくれてやる約束だろう? ちゃんと生かしておかなくちゃ、後々厄介なことになるだろうが」

 男は独り言のように、ここにはいないゼアノートへ話しかけ続けていた。よく分からないが、くれてやる“こいつ”とやらは自分のことを指しているようだ。正体が不明なことへの恐怖、己がモノのような扱いで語られている不快感。この男が敵であることだけが明確だった。

「……邪魔をしないで」

 不必要な戦闘はなるべく避けたいところだが、そうも言っていられない。こちらが身構えると男は意地悪く笑い返してきて、銃の標準を定め直した。

「囚われのお姫様は、大人しくしていろってハナシだ」
「誰が――!」

 侮辱への怒りによって、少しばかりだが体のだるさを忘れられた。しかし、魔力の回復には心身ともに最悪な状態のため、非常に時間がかかるだろう。一刻の猶予もないのに。焦りばかりが心にあった。




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