誰かが呼んでいる。
 だから、自分は眠っているのだと気がついた。
 また声がする。叫んでいる。苦しんでいる。
 目覚めなければならない。分かっているのに瞼が重い。体も鉛のように動かない。とても遠くから、途方もない存在が近づいてきている。
 また悲鳴が。このままではいけない――

「う……」

 やっとのことで目を開くと、辺りは夕闇の始りのように薄暗かった。魔法の風があちこちで渦巻いて、大地を削るような音ばかり聞こえてくる。
 ここはどこだろう。なぜこんな場所で眠っていたのだろう? そんな疑問など、次に目に映った出来事に吹き飛んだ。
 ゼアノートに後頭部を掴まれ、持ち上げられている鎧姿のヴェントゥスがいた。ものすごい力で押さえつけられて、兜がひび割れている。抜け出そうとしても、激痛で身動きすら満足にできない状況のようだ。

「ヴェン!――うあっ!?」

 急いで立ち上がろうとした途端、後ろからの力に跪かせられた。あの黒髪の少年に、いつかの時よりも容赦ない力で腕を捻られる。

「フィリア!」

 ヴェントゥスが呼んでくる。しかし次の瞬間、その姿は黒い炎に包まれた。

――!」

 音のない悲鳴を上げる。こちらを冷たく笑いながら、次にゼアノートは氷魔法でヴェントゥス凍らせて、崖下へごみのように放り捨てた。

「い、や……いやっ、ヴェントゥス! ヴェン――

 半狂乱の叫びは少年によって封じられる。痛みにかまわず滅茶苦茶に暴れたのに、少年の力は絶対だった。
 なんてひどいことを! ゼアノートを睨みつけると、彼はゆっくりキーブレードを構え直し、こちらへと歩いてくる。

「案ずるな。まだ消滅していない」

 銀色の剣先を心臓近くに向けられて、やっと己の危険を悟る。いったい何をしようというのか。今の彼に殺意がこれっぽっちもないことが、更に不気味さを加速させた。

「おまえならば、そろそろ感じているはずだ。僅かだが、光と闇の衝突に惹かれ、巨大な存在がこの地へ近づいてきていることを」

 はっとして黒い空を見上げる。海のように大きく深い、確かな存在。まだまだ遠いが、確かにソレはやって来ている。

「ヴェントゥスの心より作り出すΧブレード。Χブレードにより現れる真のキングダムハーツ――おまえの心によってその気配を手繰り寄せ、Χブレードの誕生より先にここへ引きずり出すのだ」
「あぐっ……!?」

 言葉を理解するより先に、ずぶり、と刺された感覚に襲われた。直接、キーブレードを突き刺されてはいない。しかし、不気味な青紫の玉に変わってゆくゼアノートのキーブレードに、自分の何かを引き伸ばされている感じがした。
 ゼアノートが紫光を黒雲の中に撃つ。空は震え、雷音を響かせながら雲を波紋のように捌けさせた。開かれた円い隙間から堂々と現れたのは青みを帯びた圧倒的な光。全ての心が帰る場所。エネルギーの集合体。
 光の登場と同時に、体じゅうに激痛が走りはじめた。体がバラバラに千切られて、腕がすり潰され、足がえぐられ、腹わたがねじ切られ、頭を粉砕されてしまうような痛みだ。息ができない。とても正気を保っていられない。
 アレはまだここにいられる存在ではない。Χブレードがあって初めて安定できるのだ。波に流されようとしている船を縫い糸で無理やり繋ぎ止めているようなもの。加えて、自分とアレを結びつけたのはゼアノートなので己の意思では解けない。
 少年が体を支えてくれていたが、こんな痛みに数分とて耐えられない。望むまま、意識が薄れてゆくのを受け入れていた。




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