マスター・ゼアノートに強力なスリプルをかけられたフィリアは、まるで人形のようにピクリとも動かなかった。

「見よ。かつては主人の心と一つにあって、力を宿していた鍵の残骸を」

 何年も待ちわびた機が遂に熟した確信に、高揚しているマスター・ゼアノートの演説を横で聞きながら、ヴァニタスはヴェントゥスを見つめる。消して欲しいと願ったようだ。それはこれから叶えてやろう。自分と融合することによって。

「この地で繰り広げられた光と闇のキーブレードの戦い。キーブレード戦争の跡だ。多くのキーブレード使いがこの地で消えた。ただ一つの鍵を求めて。今こそ私は手に入れる――

 それがどういうものなのか、自分も知らない。だが、今はそれこそが己の使命と思っている。それ以外、存在の理由がないからだ。

「Χブレード」

 マスター・ゼアノートがヴェントゥスを指す。それを合図に、ヴェントゥスたちが鎧を纏った。
 一番に駆け出そうとしたヴェントゥスを制し、テラがこちらへ向かってくる。怒りに満ちた剣が振り下ろされる前に、マスター・ゼアノートがクエイクで彼の足元の地を盛り上がらせた。岩壁にまともに打ちつけられたテラを見下ろすように、自分たちの足元も山のように隆起してゆく。
 フィリアをマスター・ゼアノートの足元に置き、キーブレードを呼び出す。サンダガをテラに落としながらその前へ降りた。電撃はほとんどが鎧の表面を撫でるだけで終わったが、無傷で済む威力でもない。痛みに堪えるテラを援護するようにヴェントゥスやアクアが一斉にこちらへ向かってくる。

 空に暗雲が立ちこみ始め、マスター・ゼアノートの操るトルネドが荒野の空を好き勝手に踊り始めた。墓標の役割であったキーブレードが巻き込まれ、魚の群れのように宙を泳いでいる。
 ヴェントゥスの一撃を、後ろに飛んで避けた。続けざまの攻撃も躱したとき、横からアクアのブリザガが飛んできた。紙一重でどうにか当たらずに済んだが、二対一で戦い続けるのはもう無理だ。
 アクアが空を見上げた。ちょうど、マスター・ゼアノートのトルネドがやってきている。
 竜巻に飲まれているキーブレードへ飛び移り、走るヴェントゥスとアクアをブリザガで追い立てる。まるで生き物のような竜巻が二人を押しつぶすようにうねったので、一度竜巻から降りて、転がり逃げる姿へ更に氷魔法をくれてやった。氷を高めに飛んで避けたヴェントゥスがそのまま斬りつけてきたので、力に任せて振り払う。間を置かず、アクアが放ってきた稲光を、再びトルネドに乗ることで回避する。

 そろそろテラがマスター・ゼアノートの元へ着く頃だろうか。フィリアを奪われるわけにはいかない。上空から見下ろすと、他のトルネドによりテラは崖からぶら下がり、アクアは地へ伏していた。その横に、彼女を心配しているヴェントゥスもいる。兜が脱げたアクアが、トルネドに飲み込まれたテラに向けて魔法を撃った。青白い光はテラの元へ駆けつけるとプロテスになって彼を守り包み込んだが、鉄くずと化したキーブレードが魔法の壁に殺到し、マスター・ゼアノートの近くまで昇ったところで、限界を越して爆発した。

 装飾が折れた兜と薄汚れた鎧のまま、テラがマスター・ゼアノートに斬りかかる。損傷によりややおぼつかない足取りだったとしても、純粋な力勝負では若いテラの方が勝るだろう。しかし、戦闘の技術は老いたマスター・ゼアノートも負けてはいない。二、三度の剣の弾き合いの途中でブリザガを撃たれ、テラは再び地面の上を転がった。左腕の手首から首元まで氷の結晶に覆われてゆく。
 改めてキーブレードを構えたマスター・ゼアノート。その背後からやってきた光にちゃんと気がついていた。
 マスター・ゼアノートの背後にたどり着き、不意をついたはずのヴェントゥスのキーブレードが空振りに終わる。着地すらする前に兜の後頭部をマスター・ゼアノートの片手に掴まれ、吊るされた。

「ヴェン!」

 ヴェントゥスが捕獲され、ふらつきながらも立ち上がろうとするテラ。目先のことばかりに振り回されて、周囲に気を配る余裕がないようだ。自分の乗っているトルネドが上空から近づいていることに気がついてさえいない。
 トルネドから降り、マスター・ゼアノートの近くに着地したとき。竜巻は器用にテラに噛みついて、崖の下まで連れ去った。




原作沿い目次 / トップページ

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -