感覚を狂わせる竜巻がいくつも渦巻く先を越え、岩壁の隙間のような細道を抜けると、地平線が見えるほどに広く、閑静とした平野に出た。鉄錆にまみれたキーブレードが地を埋め尽くすほどに突き立てられて、夕日により深い影を落としている。キーブレードの墓場。身を竦ませるほどに粛然とした雰囲気は、剣と同じほどに存在していたであろう心の主にまで遠く想いを馳せさせた。
墓が作り出した道の交差点にテラがいた。ひとり忘れられた地に立ちすくすその姿は孤独で、淋しげなものに感じられる。
近づく足音に気づいて、テラがこちらに視線をよこした。いつもより深い色合いを宿した瞳。数歩の距離で立ち止まったが、互いに相手の名も、再会の挨拶も口にしなかった。
「……マスターが、討たれたそうよ」
告げるとテラは僅かに息を飲んだが、大して驚きもせず、落ち着いた様子で目線を逸らした。
「ああ、知っている……俺がゼアノートに手を貸してしまったんだ」
「えっ――?」
ゼアノート。予想すらしてなかった名に驚きを隠せなかった。むしろ、この事態を知れば力を貸してくれるかもしれないと思っていた人物だ。
「マスターが、ヴェンを消そうとした。だから俺はヴェンを守るために戦った」
どうして。どうして。そんな言葉ばかり浮かんだ。もしその場に自分がいたら違った結末にできたかもしれない。深いため息がこぼれた。
「しかし、それはすべてゼアノートの策略だったんだ。俺の中の闇を目覚めさせるために――」
テラの闇。マスター・エラクゥスも懸念していた。口ぶりからして、彼の闇は更に力を増しているのだろう。
「俺を心配し、おまえに追わせたマスターはやはり間違っていなかった。――この後、始末は自分でつける」
ひとりで全てを背負おうとする彼は、昔から自分たちを様々なことから守ろうとしてくれていた。――それが、こんなことになるなんて。
「憎しみや怒りは闇を生む……」
酷なことだと思った。大切な人を理不尽に奪われて、憎しみや怒りを抱かない者などいるのだろうか。それでも、自分たちは闇に闇でもって立ち向かうわけにはいかないのだ。
「あなたが闇に堕ちて戦うような事になれば、それはまた、ゼアノートの策略の内。それでは、マスターの思いに応えられないわ。テラ」
テラが何も言わずに地面を見つめる。
彼を挟んで向こう側から新たな足音が近づいていた。いつもの無邪気さを感じさせない、至極真面目な表情をしたヴェントゥスがこちらを見ていた。
★ ★ ★
テラとアクア。二人に揃って会えたのはあの花に溢れた世界以来だが、この再会もゼアノートたちに仕組まれた一部なのだと思うと、素直に喜ぶことなどできなかった。
テラ。何も聞かずに自分を庇ってくれた。あのあと、マスター・エラクゥスとキーブレードで戦ったはずだ。最悪な想像だが、ここに彼だけがいるということは、きっとそういうことなのだろう。
アクア。彼女は一番事情を知らないはずだが、この場に来た。今、テラから話を聞いたはずだ。なら、自分がすべき話の内容は決まっていた。
「ゼアノートは、俺とヴァニタスを戦わせてΧブレードを生み出そうとした。マスターは、Χブレードは存在してはならぬものと言って俺を消そうとしたんだ」
「Χブレード――」
アクアがその単語を繰り返す。普段、呼び慣れた剣と同じ発音の名称であるのに、ざわざわと胸が騒いだ。
「Χブレードが何なのかはわからない。でも、俺の心が怖がってる。Χブレードが生まれる事を」
テラが近寄ってきて、自分の右肩に手を置いた。硬くて大きな掌は、いつものように暖かかった。
「だいじょうぶだ。俺たちがヴェンの心を怖がらせたりしない」
優しい口調でテラが言う。けれど、そうじゃない。何より怖れていることは、自分が大切な人たちを傷つけてしまうかもしれないということだ。
「俺、ヴァニタスと戦う事になるかもしれない。もしそうなってしまったら……だから、俺を――」
「俺たちはつながりの絆で結ばれた友だ。俺がそんな事はさせない」
テラの手の力が強まる。アクアも微笑みながら、ほっそりした手で左頬に触れてきた。
変わらない。子供扱いはちょっぴり悔しかったけれど、二人はどんな時でも自分を助けてくれて、守ってくれようとしてくれる。でも、これだけは――どんなに嬉しいと思っても、感謝の言葉を口にするわけにはいかなかった。
「友達だから」
アクアの手を剥がし、
「頼みたいんだ」
テラの手を肩から落とした。
「俺を――消してくれ」
テラとアクアは視線を落とし、悲しい顔のまま黙ってしまった。
自分がテラやアクアやフィリアに同じことを頼まれたら、できないと思う。どれだけ酷い頼みなのか分かっていた。けれど、自分がいなくなってしまえば絶対にΧブレードは完成しない。
濃い闇の気配がして、沈黙が終わった。三人で一斉に同じ方向を見る。マスター・ゼアノートと気絶したフィリアを抱えたヴァニタスがやって来ていた。
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