隙間なく周囲を固めた闇の生きものがこちらを見ている。今にも襲いかからんとしている様子に、生命の危機を感じていた。
 無理だ、敵うわけがない。いやだ、怖い、助けてくれ。

「やめてください、マスター。俺の力では無理です」

 唯一、自分を助けられる人物であり、この状況を作り出したマスター・ゼアノートを見上げ懇願したが、彼の表情が変わることはなかった。

「いや、おまえは封じ込めているはずだ。心の奥底に眠る闇への衝動を」

 そう語る金の瞳は自分ではなく、どこか遠くの理想を見つめている。

「今こそ解き放て! 恐怖を怒りに変えるのだ!」

 彼に呼び出される闇の魔物が増えて、心もとなくキーブレードを構えた。マスター・ゼアノートはなぜか自分に多大な期待を寄せているが、己の実力では、とてもこんな恐ろしい魔物を全て倒しきれる気がしなかった。
 こちらの言葉に耳を貸さぬまま、どこか酔ったように彼は言う。

「その心の底にある闇の感情を解き放たなければ――おまえはこの世界から消え去る事になるぞ!」

 魔物たちがじわじわ距離を狭めてきた。行動しなければいけないと分かっていても体が動かない。

「さあ、闇に心をゆだね――そして私にχブレードをもたらせ!」
「うわあああああっ」

 一斉に襲いかかってくる闇に、何もできず目を瞑った。



 それから後の記憶は、少し霞がかっている。
 気を失っていると、いきなり胸に衝撃があった。マスター・ゼアノートに何かされたらしい。ひどく熱くてとても冷たいその感触は体の奥の奥に入り込んできて、ごっそり何かを奪い取っていった。大切な部分を無理やり引き千切ぎられて、自分が壊れてゆく感覚を呆然と受け止めることしかできなかった。
 虚ろになってゆきながら見つめた空に、闇が広がる。それの中から生まれ出たものは人のかたちをしていて、真っ黒な仮面をつけていた。

「ヴェントゥスの虚ろより生まれし者。おまえは、これよりヴァニタスと名乗るがよい」
「はい、マスター」

 自分だった者。奪われた半分。失われた闇。ヴァニタスは静かに返事をした。





★ ★ ★





 正確に狙いを定めた手刀によって気絶し崩れ落ちたフィリアを、地に倒れる前に受け止めた。
 悲しみや恐れを超越し、殺意をむき出しに見つめてくる瞳は心地よい闇に満ち、情けなく泣いた顔を見たときよりもゾクリとした。今まで自分に何を言われても冷静だったフィリアが怒りを爆発させたのは、昔、ヴェントゥスをそのようだと己でも感じていたからだろう。ほんとうはもっと見ていたかったが、今、彼女に構っていられる時間はない。
 息を切らしながら頭の痛みに堪えるヴェントゥスが、今度こそ過去の記憶を完璧に思い出したのを理解する。半身である自分のことを一番最後に思い出したことを恨めしく思ったが、それでもやはり嬉しいと感じていた。
 喜んでいることを悟られぬよう気をつけながら、痛みの余韻に耐えるヴェントゥスに話しかけた。

――だったら、戦う理由を作ってやるよ」
「なに?」
「おまえも来るがいい。χブレードの誕生にふさわしい場所――キーブレード墓場へ」

 どの世界を指しているのか、説明せずとも分かるはずだ。

「そこでテラとアクアの最期を見せてやる。おまえはそれを平然と見ていられるかな」

 闇の回廊を呼び出すと、弾かれたように、やっとヴェントゥスが動き出した。わざと見せつけるよう、大事にフィリアを抱きあげる。

「待て!」

 キーブレードも構えないままの呼び声に応えてやる必要はない。無視して回廊の中へ入り込んだ。




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