「ヴェン!」
マスター・エラクゥスが驚いている隙に、掴まれた手首を振り払い、ヴェントゥスたちの元へ走る。届くなり握りしめたヴェントゥスの手はとても冷たくて、顔色も真っ青になっていた。
「テラ、来てくれて、良かった……」
無言で頷くテラの鎧が光の粒子になって消えるが、瞳はマスター・エラクゥスを警戒したまま、キーブレードを構えたままだ。
彼の登場に助かったが、このままキーブレードを向け合っている以上、平和的に解決できる気がしなかった。ヴェントゥスを守り抜くために、最悪な覚悟が必要とされていた。
「マスター、何をする気です!」
テラが鋭い声で訊ねた。
「テラ、命令だ。フィリアを連れて、そこをどけ!」
「いやです!」
「師の言うことが聞けぬか!」
「聞けません!」
頑として譲らぬテラに、マスター・エラクゥスが僅かに黙り、そして言った。
「なぜおまえは師の心を理解できぬ! 我が言葉に耳を貸さぬと言うならば――おまえもヴェントゥスとともに封じるまでだ!」
一筋の涙がマスター・エラクゥスの頬で光ったと思ったら、ものすごい早さで斬りかかってきた。幅広のキーブレードで防御したテラと剣を噛み合わせる。
テラも、迷っているようだった。師からの容赦ない攻撃に苦しさが滲んでいた。テラを援護するべきなのは分かっている。しかし、どうしても躊躇いがあった。
この場にアクアも居てくれたなら。
二人の攻防を見ていたヴェントゥスが、ついに耐え切れなくなって叫んだ。
「もういいテラ! 俺は――」
「言うな!」
「テラ――」
ヴェントゥスが今にも泣き出しそうな顔で、テラを見た。
幾度めかの攻撃によって、テラの重心が揺れた。その不安定さを狙って、間をとったマスター・エラクゥスが光弾――朧を放つ。
「うあぁっ!」
目の前で光が爆発し、衝撃が襲ってきた。とっさに張ったリフレクは容易く割られ、ヴェントゥスと受身もとれず地を転がった。強い。本気である以上、遠慮や手加減をして勝てる相手ではないと痛感するには十分だった。
「フィリア、立てるか」
「うん……」
痛みを堪えて立ち上がっている間に、テラが気絶したヴェントゥスを片手で抱えた。眩いほど強い光の力がマスター・エラクゥスに集っている。これから朧以上の技がくるだろう。戦う以外の選択肢はもう逃げるしかないが、三人が鎧を着て異空の回廊へ逃げ込む余裕など期待できない。
「…………」
側に立っていたテラが静かに深く息を吐くと、いきなり彼の気配が変わった。いつもの大きくて温かな光ではない。鳥肌がたつほどに暗くて冷たい、不気味なものへ。
「テ、ラ……?」
「……マスターだろうと関係ない」
闇だった。湧水のように彼の体から満ち溢れている。奥深くに押さえつけられていたものが、やっと開放されて喜びあがっているように見えた。
「この力、友のために使う!」
テラがキーブレードを構えた。闇はすっぽり彼を包んで、彼と共にあった。
「闇に堕ちたか、テラ!」
マスター・エラクゥスが激昂して叫ぶ。
テラはキーブレードを背後に向けて異空の回廊を開き、その中へヴェントゥスを放り込んだ。
「フィリア、おまえも行け!」
「で……でも!」
光の力を纏うマスター・エラクゥスと、闇の力を発するテラ。このまま戦えば、片方がもう片方を滅ぼしてしまう。今まで共に暮らした日々を、分かち合ってきた時間を思い返すと、こみ上げてくる思いに泣きたくなった。
「やだ、いやだよ! お願い、もうこんなこと――」
「フィリア! おまえはこの地から出てはならん!」
テラに背を強く押された。マスター・エラクゥスの言葉を聞きながら、加減のない力によって、踏みとどまることすらできずにヴェントゥスのいる異空の回廊の中へ押し込まれる。
「――待ってテラ、うわぁ!」
ヴェントゥスともみくちゃになっている間に、周囲の景色がぐにゃりと歪む。体が投げ出された感覚を認識したときには、すでに世界は変わっていた。
★ To be continue... ★
2013.5.5
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