小さいが新しい希望と出会った後、あたたかく穏やかな場所を離れ、再び暗闇の中を進んでいた。
「ん……?」
ふと、懐かしい光の気配に気づく。探せば、はるか頭上にそれはあった。流れ星のように闇の中を滑ってゆく。
「この感覚、ヴェンなのか!?」
しかし、ヴェントゥスだけだ。フィリアの気配はない。ものすごい速さでどこかへ向かっている。
「マスター・テラよ。私の元へ来るのだ」
どうも様子がおかしいヴェントゥスを追おうとした瞬間、頭に声が響いてきた。声でじゅうぶん誰なのか分かるが、今の自分をこう呼ぶ人間はひとりしかいない。
「マスター・ゼアノート!」
もしかすると、ヴァニタスの情報が手に入ったのかもしれない。もういくつも世界を巡ったが、未だろくな情報すら掴んでいなかった。たくさんの世界がアンヴァースに侵されている。一刻も早く奴を討たねばならない。
もう一度、視線だけでヴェントゥスを見た後、テラはキーブレードを荒野の世界へ反転させた。
★ ★ ★
魔力を癒す液体が彼女の顔色に朱を取り戻させた。ほうっと息を吐き出す姿を見て、僅かばかり安堵する。
「マスターとふたりきりでお茶を飲むのって、はじめて」
はにかみながら言ってくる。ほんとうは、彼女がこの地にやって来たばかりの頃、何度かあった。しかし、幼かったため忘れてしまったのだろう。
フィリアが「あっ」と首を傾げた。
「ひょっとして、前にも……」
「それを飲み終えたら、しばし眠れ」
「わかりました。けどマスター、朝ごはんまだでしょう? 簡単なのでよければ、私が」
「もう用意は済んでいる」
えっ、とフィリアが立ち上がり、奥の調理場の方を覗き込んだ。鍋や釜から立ち上る湯気を見て、くりくりとした目が更に丸くなる。
「あの料理、全部、マスターがお作りになったんですか」
「……意外か?」
アクアに包丁を握らせられるようになるまでは、食事は全て自分が作ってやっていたというのに。
そう思っていると、フィリアが席に着きながら申し訳なさそうに俯いた。
「あの、マスター?」
「私のことは気にせずとも良い。今は体を休めることだけ考えるのだ」
自分の茶を飲み終えたので、少し乱れぎみだった髪を撫でてやりながら言うと、フィリアは先ほどよりも頬を赤らめ驚いた顔をした。しまりのない笑みになったところで手を離し、立ち上がる。
「浴槽の湯を見てこよう。おまえはもうしばらく、ここでゆっくりしているといい」
「はい」
フィリアに背を向けつつ、眉を寄せた。彼女がこの世界から姿を消したときから覚悟はしていたが、恐れていたことになってしまった。もう元に戻すことなど誰にもできやしない。彼女がまだここを居場所と思っていることだけが唯一の救いで、きっと自分にできる最後のことは、憎まれても恨まれても、苦しみを和らげてやることだけだろう。
★ ★ ★
気がつけば、鎧を着てうずくまっていた。異空の回廊の中だ。そこらの岩と同じように、あてもなく漂っていた。
体を伸ばした途端に、頭を貫くような痛みに襲われる。兜ごしに頭を抑えるも、全く収まりそうにない。
「俺は、いったい――」
知りたいと思いつつも、きっと叶わないだろうなと諦めかけていたもの。さほど気にしなくなるほどに忘れかけていたもの。それをいきなり突きつけられた。
「マスターが知ってる俺の正体って――」
答えは、ずっと、すぐ側にあったのだろうか。
強い光を感じて顔を上げる。岩石に鎖を伸ばす城が見えて、息を飲んだ。
確かめなくてはならない。
知ってしまうことに恐れは少なからずあるし、今までの関係が壊れてしまうのではないかという不安もある。けれど、それ以上に知りたいという気持ちに後押しされてキーブレードを呼び出した。翼を広げた鳥のような形に足をつける。
発進させる前に、フィリアのことを想った。すぐに迎えに行ってあげたかったけれど、もうしばらく待たせてしまうことになるだろう。少なくても、この件に決着を付けるまでは。
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