涼しい夜風を感じながら、ひとり夜道を進む。今夜は雲が少ないので、満月と星からの光で明るかった。
 虫の鳴き声に包まれたジャングルを通り、やはり誰もいない人魚の入江を越えた後、ヴェントゥスと寝転がっていた海岸を抜ければ、滝の流れる少し広い場所に着いた。おそらく渓谷から流れてきてるであろう大きな滝に、月光で描かれた虹の橋がかかっている。

「月の虹だ……きれい!」

 波音の代わりに滝音だけが響いて、神秘的な雰囲気すら感じられる。

「……ヴェンといっしょに見たかったな」

 修行するときに、なるべく水場を選ぶ理由は三つ。ひとつは火炎の魔法がどこかへ燃え移ったときに少しでも安全を確保できること。もうひとつはすぐに汗を流し喉の乾きを癒せること。最後に、故郷でよく修行をしていた山道が懐かしいからだ。
 滝から続く川は故郷のものと違い、大きく、流れが早かった。いくら水位が浅くても、迂闊に足を踏み入れれば流されてしまうかもれしない。
 ひょい、ひょいと川を跳び越え、ある程度広く行き止まりになっている崖側に立った。
 まずは究極魔法に分類される、デトネチェイサーの練習からだ。魔法の種類は故郷で読み漁った魔法書でいくつか知っているので、それを思い出しながら工夫して練習してゆく。上手くいかないことの方が多いけれども、極希に思いもかけない上級の魔法を使えるようになったりもすることもあり、それが楽しみでもある。
 デトネシールドを唱ると、目の前の地面に丸い光が七つ、一列に並ぶ。次にデトネスクエアを唱えてみる。周囲に八つの光が配置される。どちらも持続時間は十三秒。普段ならこれで完成だが、それに、マグネガの魔法を混ぜてゆく。デトネ系とマグネ系の融合。……加減が難しい。

「…………あっ」

 何度か魔力の配合を試していると、不意にぎゅるりと魔法の光が反応した。魔法の光が四つになってしまったが、両端へ十字に魔法が並ぶ。本に書いてあった情報では、八つの光がこう並ぶとあったけれども……。

「これでも一応、成功かな?」

 敵と認識している者が接近するとその足元に動き爆発する魔法なので、敵がいなければ確認できない。次に戦闘する機会があったら試してみよう。
 八秒が過ぎ、魔法は消滅していった。

「究極魔法なのに、上級魔法より持続時間が短いんだ……」

 練習すれば多少延びるのだろうけれど、覚えておく。
 デトネチェイサーについては、ひとまずここまでにして、次はどの魔法を練習しよう。使いこなせない魔法はまだまだある。練習が足りない魔法だって。場面に相応しい魔法を正確に使いこなせるようになることも重要だ。別れている間にどんどん新しく強力な魔法を使えるようになって、ヴェントゥスを驚かせるのも悪くない…………のだ、けれども。
 息を吐きだしながら川側に座った。川面に自分の顔がぼんやり映る。ここには蓮の花はないようだ。もの寂しい気持ちだった。

「……ヴェン……」

 いま、どこの世界にいるのだろう。誰と共にいるのだろう。何をしているところだろう。はやく会いたい。側に行きたい。

「いつまで待っても、あいつは来ないぞ」

 耳を震わせる、低い少年の声がした。
 はっと息を飲み込み立ち上がると、海岸の方面、見通せないほどに深い闇の中に彼が――ヴァニタスがいた。




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