古びているが、埃ひとつ落ちていない塔の中。長々と階段を昇り続け、てっぺんであろう狭い円形の部屋に通された。
 壁のあちこちに小さな本棚がくっついていて、布をかけられた立ち鏡や小ぢんまりと並べられた壺がいくつかあった。奥の壁には月や星の形にくり抜かれた窓があり、そこから星空がのぞき見える。中央には木で造られた簡素な机がひとつあって、ここの主であろう風格を漂わせた老人がひとり座っていた。星柄の青い三角帽とゆったりとした青いローブを身につけた風貌はレイディアントガーデンで会ったマーリンに似ていたが、飄々、のんびりとしていたあちらに比べ、こちらは鋭く、厳しそうな印象が強かった。
 両脇に立った二人が背筋を伸ばす。

「イェン・シッド様、王様の手がかりを見つけました!」

 まず、犬の男が発言する。
 見抜くようにこちらを見つめている“イェン・シッド”――聞いたことのある名前だった。確か、荒野で会った彼が師事している人だったはず。

「ヴェントゥスだな」

 どうして名を。問う前に続きを言われた。

「エラクゥスから聞いておる。しかし、おまえには帰還命令が出ておったはずだが」

 まさかここで聞くことになるとは予想だにしていなかったマスター・エラクゥスの名が出てきてぎょっとする。まさかこのままお説教!→強制帰還! なんて流れでは。

「それは――
「まぁ、よい」

 意外な返答に肩透かしをくらった気持ちになって「え」と声が漏れる。

「ミッキーも同じようなものだ」

 イェン・シッドは仕方ないといった顔だったが、その言葉になんだか嬉しくなる。

「して、ミッキーの手がかりと言うのは?」
「これです」

 アヒルの男が、自分から取り上げた星のカケラを卓上に置く。勝手に世界移動した原因は、今はもうすっかり静まっていた。

「それは――ヴェンテシ……」

 間違っている。自分でもしっくりこないのか、犬の男は首を傾けた。

「ヴェンタソ、ヴェン――
「ヴェンでいいよっ」
「うん。みんなからもそう呼ばれてる」

 アヒルの男はせっかちで、犬の男はのんびりしてる。なんだか凸凹な二人組だ。
 アヒルの男が犬の男の代わりに続きを言った。

「ヴェンが持っていました」
「どういうことかな?」
「ミッキーとはあったけど、すぐに光の中へ飛ばされちゃって――行き先はわからないんです」

 レイティアントガーデンで見かけたことは、今となってはもう、目の錯覚だったかもしれないと思うくらいにあやふやだ。
 両端の二人が、がっくり項垂れた。

「それは、ミッキーが消えたのとは別の世界で拾ったもので――
「ふむ。やはり世界を飛び回っておったか。通りでミッキーの気配が定まらなかったはずだ」

 言い終わる前にイェン・シッドが息を吐いた。ずっと彼を探していたらしい。

「王様はどこに?」
「探してみよう」

 アヒルの男が訊ね、イェン・シッドが卓上に両手を差し出した。不思議な白い煙がたちこみはじめ、見覚えのある黒い丸耳が現れる――





★ ★ ★





 首吊り人の木の中にある、ピーター・パンたちの隠れ家。
 すぐ入口に熊の剥製が飾られていていたことと、そこらじゅうに木の根が這っていることに驚いたが、それ以外は普通の家とほとんど同じで、暖かそうな場所だった。
 そこではフォクシーやカビー以外にもロスト・ボーイズメンバーが勢ぞろいしていて、なぜかどの子もそれぞれ獣の格好をしている。ピーター・パンはしていないのに、こういう格好をしなければいけない“しきたり”みたいなものでもあるのだろうか?

「なぁ、フィリアは物語を知ってるかい?」

 隠れ家に入るなり、興味津々に輝く瞳に包囲されてしまったこちらの状況を気にも止めず、ピーター・パンが訊ねてくる。

「絵本で読んだのものなら、いくつか……」
「本当? みんなに聞かせてやってくれないか?」
「うん、いいよ」
「やったぁー!」

 ロスト・ボーイズ全員で歓喜の大騒ぎが始まり、また驚いた。こんなことでそんなに喜ばれるなんて、ここには書物がないのだろうか。
 どうぞ、どうぞと勧められるベッドの上。座れば、周囲に子どもたちが好き好きにくつろぎ始める。

「ええと、まずはどのお話にしようかな……」

 宝石よりも武器が好きな男の子ばかりだし、恋愛の物語より冒険の物語の方が好きだろう。
 ヴェントゥスと絵本を読んでいた頃の記憶を頼りに、ゆっくりと話し始めた。




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