フィリアはテラと一緒に外に出た。外はカラリと晴れていて、空を見上げると鳥が頭上を飛んでいった。
 キーブレードを使えない自分は外の世界に出る事ができないし、エラクゥスの許可もないので一緒に連れて行ってもらうこともできない。唯一できることといえば、彼らを送り、待つことだけ。

「テラ、気をつけてね」

 俯きながらテラに言う。この瞬間が苦手だった。待っている時間はもっと苦手だ。置いていかれたまま、もう二度と会えなくなってしまうのではないかという考えがいくら振り払ってもいつも頭の隅にあった。
 しかも今回は新たな敵や、マスターであるゼアノートが行方不明になるなどとても不吉な予感がする。

「ああ。ほら、不安そうな顔をするな」

 視線だけ上げて見ると、テラはとても晴れやかな顔をしていた。先ほどのエラクゥスの言葉で何かが吹っ切れたのだろう。
 テラの大きな手がやさしく頭を撫でてきた。しばらく、この手ともお別れだ。寂しいがもう駄々をこねる年でもない。今度こそちゃんとテラを見上げて笑顔を作ると、暖かな手が離れていった。

「行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」

 出発するためにテラが数歩離れてゆく。その時、広間からヴェントゥスが転がるように飛び出してきた。

「テラー!!」
「ん?」
「ヴェン?」

 よほど必死に走ってきたのか、ヴェントゥスはテラの前につくと、肩で息を繰り返した。しかし大きな声でテラを呼んだ割には何も言わず、困ったように黙ったままだ。普段のヴェントゥスらしくなかったが、先ほどの試験のことをまだ気にしていて、何て声をかけたらいいのか迷っているのかもしれない。
 ヴェントゥスが下を向いていると、テラが笑ってヴェントゥスの頭を撫で回した。ヴェントゥスが小さく悲鳴をあげる。

「大丈夫だ」
「あ……」

 ヴェントゥスは尚も何か言いたげだったが、そのままテラは鎧を纏って、キーブレードに乗って異空の回廊から旅立っていった。









 
 ヴェントゥスと並んで、しばらく空を見上げていた。異空の回廊はまだ開いている。次は、アクアを見送らなければならない。

「行っちゃったね」
「……うん」

 話しかけると、ヴェントゥスが小さく返事をした。なんだかいつもと様子が違う。空から目を離してヴェントゥスを見ると、浮かない表情で地面を見ていた。

「ヴェン、どうかしたの?」

 訊いてみると、ヴェントゥスが少し間をおいてからまっすぐに見つめてきた。綺麗な青い瞳に自分の顔が映りこむ。まっすぐな視線から、何か強い決意を感じた。

「フィリア。俺、テラを追いかける」
「えっ?」

 驚きのあまり返事に詰まらせていると、ヴェントゥスが鎧の装着装置を起動させ、一瞬で鎧に包まれる。

「だ、だめだよ! 私たちはマスターの許可がないと、外の世界へは――

 慌てて引きとめようとしたが、ヴェントゥスは黒い鳥のような姿に変わったキーブレードにあっという間に乗ってしまった。

「ごめん。すぐに戻るから!」
「ヴェン!!」

 ヴェントゥスのキーブレードがぐるりとフィリアの周囲を飛ぶと、異空の回廊を目指して、急激に高度を上げていく。

「待って! ヴェン!!」

 勝手に飛びたとうとしているヴェントゥスを見て、広間から出てきたアクアも叫んでいたが、ヴェントゥスは止まらずに異空の回廊の中へ飛び込んでいってしまった。





★ ★ ★





「いかん! ヴェンを止めろ!」

 エラクゥスの焦りと怒りを含んだ声が中庭に響き渡ったが、すでにヴェントゥスの姿は異空の回廊の中に消えてしまった。
 呆然と空を見上げるフィリアの側に駆け寄って、アクアは一緒に空を見上げた。ヴェントゥスは、テラを追いかけたのだろうか。
 エラクゥスが側にやって来る。目を見ただけで何を命令されるかわかった。

「ヴェンを連れ戻せ!」
「必ず連れ戻します」

 外の世界は安易に行っていいものではない。ヴェントゥスもそれをよく知っているはずだ。どうしても今、テラを追いかける理由があったのか。気になったが、それはヴェントゥスを連れ戻してから聞けばいい。
 空を見つめ続けるフィリアの左肩に手を置いた。華奢な肩がいつもより小さく感じる。

「アクア、ヴェンが……」

 見上げてきたフィリアの目は少し涙で潤んでいた。こんなに弱々しい表情を見るのは、初めてのことかもしれない。ヴェントゥスが飛び出してしまったことにひどくショックを受けたようだ。


「フィリア、大丈夫よ。私に任せて」

 フィリアが小さく頷いたのを確認して手を離した。フィリアから少し離れて鎧を纏う。
 今日は、今までなかったことが次々と起こっている。先ほど消したはずの不安が再び胸に湧き上がっていくのを感じながら、アクアも異空の回廊に飛び込んだ。




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