フィリアが広間に着いたときには、すでにテラとアクアが整列していた。ヴェントゥスはまだのようだ。エラクゥスはこちらに背を向けて、誰かと話しこんでいる。
 フィリアは弾んだ息を整えながら、テラの横に立ち並んだ。

「どうしたの?」
「わからない。ヴェンは?」

 アクアに訊かれフィリアは首を横に振った。

「私たち、一緒じゃなかったから」

 そこでエラクゥスの会話が終わり、こちらを向いた。いつもより眉間の皺の数が多い。きっと、よくないことだろう。

「私の古い友人イェンシッドはマスターから身を退いた後も、絶えず光と闇の動向に目を向け、我々キーブレードの使い手の進むべき道に標を与えてくれている。そのイェンシッドの報告では、光のプリンセスに脅威が迫りつつあると言う。しかもその脅威は闇だけに非ず。言うなれば負の感情にのみ芽生え、溢れだす存在。イェンシッドはこれを生命に精通しない者、アンヴァースと称した」

 アンヴァースの名を心の中で復唱する。気持ちがざわついていくのを感じた。

「キーブレードの使い手として、光に侵食し闇との均衡を崩そうとする脅威、アンヴァースを放ってはおけない。またこの凶事を伝えようとしたが、マスター・ゼアノートとの連絡が途絶えた。この事態とは無関係であるとは思うが……嫌な予感がする」
「マスター・ゼアノートが……」

 隣にいたテラが、苦く呟いた。

「そこで、テラとアクアには事態の収拾に努めてもらいたい。アンヴァースの討伐とマスター・ゼアノート捜索だ」

 フィリアは思わず床を見た。また二人と離れてしまう時がきた。
 エラクゥスは異空の回廊では鎧を身に纏うこと、纏わなければ闇に心を侵されてしまうこと、他の世界では別の世界のことを他言してはならないことをいつものように言い聞かせた。

「それでは、心して頼んだぞ」
「はい」

 エラクゥスにテラとアクアが返事をする。先にテラが広間の扉に向かおうとすると、エラクゥスがそれを呼び止めた。

「テラ。此度の任務の働き如何では、マスター承認を再考したい」
「えっ?」
「私はお前を本当の息子のように思っている。できることならばすぐにでもマスターの称号を与えたい。だが、お前は力にこだわり過ぎるのだ。テラよ、敗北を恐れてはいかん。恐れが力に執着させ、執着が闇を呼び込む――忘れるでないぞ」

 エラクゥスがテラの肩に手を置くと、テラはしっかりと頷いた。

「ありがとうございます。そのお気持ちに必ず応えてみせます!」

 今度こそテラが扉へ向かう。見送りのためフィリアもテラに続いた。テラの横に並んで見上げると、テラの瞳にはいつものような強い光が宿っていた。





★ ★ ★





「では、私も出発します」
「待て」

 エラクゥスにそう告げてアクアも外へ向かおうとしたとき、呼び止められた。目の前をヴェントゥスが横切って行く。振り向くと、エラクゥスが悩んだような顔をしていた。

「おまえにはもうひとつ最優先の任務を……。いや、頼みがあるのだ」

 表情に“頼み”そして歯切れの悪さ。いつものマスターらしくない。そう思った。

「なんでしょう?」
「この任務でテラにもマスターの称号を与えたい。それは事実。しかし、あやつの中に潜む小さな闇には底知れぬものを感じた。万が一テラが闇に堕ちそうになってしまったら、直ちに私の元に連れて戻ってくれ。お前達誰ひとり、闇に奪われたくはないのだ」

 エラクゥスにはこの地を守る使命がある。どんなに心配でもここで自分たちを待つしかない。

「はい。私がテラを闇などに奪わせません。マスターとしてふさわしくなったテラと共に、堂々と戻ってまいります」

 はっきりと答えると「頼んだぞ」とテラの時と同じように肩に手を置かれた。それにしっかりと頷いて、今度こそ外へ向かって歩き出す。

「テラが闇に堕ちるはずない」

 胸に残っていた不安を晴らすように、ステンドグラスを見上げ小さく呟いた。




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