いつかお前は誰かと普通の幸せを掴む日が来るだろうか、と考えた事もあった。もしいなければ俺が貰っても全く構わなかったし、寧ろ自分自身はそれを望んでいたと見る。その証拠に奴に寄ってくるもの、純粋なものですらから遠ざけた。時には見せつけるような事もした。認める、俺は敦美が好きだった。否、現在進行形なわけなのだが。


それは今日こんな日ですらも消えてくれる事は無いらしい。

「おめでとう」

そんな声だけが聞こえるこの白いチャペルの中、純白のドレスを身にまとって綺麗な花束を抱えて自分の知らない男の隣で笑っている想い人。目も耳も塞ぎたくなるような光景に自分は何故此処に立って笑いながら祝福をしているのだろうか。それは数日前に誘いがあった為、幸せそうなその顔に悪い返答は出来ないと仕事を全部前日に終わらせたからだろうと自問自答を繰り返す。この心情を知ったら此処の全員が指を指して笑うだろう。いっそ彼女がこの心情を笑ってくれたらどれだけいいかと何度考えた事か。くだらないとまた笑ってはこの場をただ目の前の光景として見ていた。



「赤司くん、だったね?」

あの空気から抜け出して今はそう遠くない所で騒いでいる皆を見ていた途中、見覚えのある黒髪の泣きボクロ、と言ってもあの頃より更に成長したといえばいいのか、恐らく彼も自分と同じく敦美に思いを寄せている一人の、氷室だ。久しぶりだね、と視線を騒いでいる輪の中の彼女に戻しながら呟くと彼は「俺はてっきり、君が新郎なのかと思ったよ」

「一番聞きたくない台詞だな、それは」
「どっちにしろ祝福なんて絶対に出来ないんだけどね」

流石のポーカーフェイスだ、表情は全く崩さない。氷室はそのまま微笑みを浮かべながら「君ならこの結婚ぐらい簡単にぶち壊してくれるかと思ったんだけど」と言葉を続けた。僕も軽く笑いながら「ふざけた事を」お前なら出来るのか、と。


恐らく、いや確実に彼も自分と同じ気持ちなんだろう。そして数日前の彼女の微笑みに騙されて地獄のような思いをしていたんだろう。今も彼女を愛しているんだろう。同じだ。彼も僕と同じでとても哀れだ。一方の彼女なんかそんな僕たちの心情を知らずあちらで僕たちには見せてもくれなかった微笑みを浮かべている。苛々して堪らない、彼もそうなんだろう。


「馬鹿だよな。心の中でどこか彼女の隣に立てるのは自分だと思っていた。いや、それが叶わなくとも彼女が普通に恋をして普通に人を愛して普通に結婚をするだなんて思ってもいなかった。だって、彼女には君が居ただろう?」
「お前が言いたい事は何となく分かるよ」
「君のその上からの態度は変わらないわけだ」
「僕はお前が気に入らないからな」

そうだ。僕も目の前の彼と同じ考えだった。彼女が僕の傍を離れて行くだなんて考えもしなかった。否、突き放したのは自分だ。
あの頃の幼くて自分の事で精一杯だった僕は紫原を突き放した。それでも彼女は僕を見放さずにいた。僕はその事に思い上がっていた、彼女は僕から離れない、きっとそばに居てくれる。実際、彼女が僕を最後まで慕っていてくれた。この事実は変わらない。けど、中学時代のような男女の間の恋心などは失せていった。全てが終わって心が入れ替えられて、やっと自分以外の周りを見れるようになって初めて気づいたのは彼女が僕を見ていないということだ。傍に居た、慕ってくれている。だけど彼女の隣には別の奴がいた。
後悔ばかりだったさ、何であの時こうしてやれなかったんだ、突き放してしまったんだ。もっと考えていれば、後悔した所でもう全てが遅い。昔の僕ならば奴を殺してでも彼女を奪い返そうとしただろう。でも出来なかった。あの頃、ずっと昔に俺の傍で見せてくれていた微笑みにとても似ていたからだ。結果僕は彼女の良き理解者、友人、その立場を維持し続けてこの様だ。

「笑えるだろう」
「君を笑えたならどんなに良かったか」
「いっそ本人にぶつけてしまえば楽になれる気がするな」
「らしくないなあ」
「皆が思うような完全無欠で負けを知らない赤司征十郎ならこういう結末にはならなかったと思うよ」
「君も人間だという事を思い知らされるね」

「赤ちーん!室ちーん!そこで何してんのー!」

彼女が、僕たちの名前を呼んでこちらへきている。
彼女が僕たちの手を取って早くいこう、と急かす。このまま彼女の手を引っ張ってどこか知らないところへ連れていってしまえば彼女は僕のものになるだろうか。また昔みたいに僕の隣で笑ってくれるだろうか。それでも僕がこの手を引いて逃げてしまわなかったのは僕の前で綺麗に笑う彼女が昔の彼女と重なって、まるで昔のようだと錯覚してしまったからなのだとおもう。ああうつくしい。愛してるよ。きっと僕が墓に入る前くらいに言ってしまおう。そしたら彼女はきっと今みたいに笑ってくれるはずだ。



そして沈んでいくだろう

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