「どうせすぐいらなくなるよ」

新しく買ったバッシュを見て紫原くんはそういった。僕は自然と古く、使わなくなった前のバッシュを思い出す。ぼろぼろに汚れて、これじゃとても練習は出来ないからと暇だった紫原くんを誘って一緒に買いに行った。良いバッシュも見つかって早速次の日、ほんの少し慣れないけれども新品というのは嬉しくて紫原くんに見せに行ったら、こういわれてしまったのだ。

「そう、ですね。でも今度は少し気を使って長く履きたいです」
「うん、でも、いらなくなるよ。あの汚いぼろぼろのバッシュみたいにね」
「物はいつか壊れます」
「そうだよね、すぐいらなくなっちゃう」

何だろう。普通に物はいつか壊れるものだよね、と言いたいのかと思ったが紫原くんの表情がほんの少し悲しそうに歪んでいた。いや、彼も僕と同じくあまり表情は変えないのだけれど、同じ表情を変えない同士少しだけ分かるものがある。見上げている首が痛くなるのを感じ、考えるふりをして俯いた。実際脳はフル回転しているものだから間違ってはいない。

「物ってさ、すぐいらなくなっちゃうんだ。俺の食べてるお菓子の袋も包むっていう役目を終えたら皆ゴミ箱にぽいって」
「…でも、役目を立派に終えたんですから本望じゃないんですかね」
「それは俺たちの考えでしょ、違うかもしれない。恨んでるかもしれない、憎んでるかもしれない」
「紫原く、」
「捨てる方は何か理由を作って自分を正当化しようとしている。でも、捨てられた方から見たら全然それは言い訳、嘘っぱちなんだよ」

ぼろぼろのバッシュだってね、もっと頑張れたって言ってるかもしれない。やっぱり新しいもののほうがいいんだ、って。紫原くんの目はだんだんと、深く染まっていく。背筋が凍るとはこのことだ。紫原くんは何を言いたいのだろう。ねえ、黒ちん。いつもの声で、いつものように呼ばれているはずなのに何故か肩が震える。くだらない話だ、笑って済ませればいい話だ、ただの袋の話だったでしょう。何か言わなければと口を開いて紫原くんを見た、そして、彼は笑っていた。微笑んで「なあんてね。俺も新しいバッシュ買いたいな、今度は黒ちんが俺につきあってね」震えた唇から出た声はたった二文字の返事だった。
言うだけ言って去ってしまった大きな彼の後姿を見て初めて息が詰まっていたのだと知った。浅い呼吸を何度か繰り返して僕の名前を呼ぶ声で僕は新しいバッシュをまた汚した。その日僕は家に帰ってゴミ袋につめていたバッシュを取りだした。やっぱり、汚くてぼろぼろだ。明日にはきっとこの家にはいない。いらなくなってしまったもの。


いらない子


120216:獣
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