言い訳をさせてもらおうか、鍵を閉めなかったのは閉めなかったんじゃなくて閉められなかったんだ。あっちが入ってくるなりベッドに押し倒してくるものだから、まあ別にいいかって。こんな夜だし誰も来ないだろうって思ってたんだよ。それで一番盛り上がった所でまさかアツミが来るとは思わなかったんだ。後あの人とは別に何でもないよ、ただ襲われたからそれに乗っただけであって。ああ、ごめんアツミには早すぎたね。なんでもないよ。お茶でも飲む?

「…つーかあの人急いで出てっちゃったけどいーの?」
「いいんじゃないかな?」
「テキトー」
「どうでもいいからね」

(あ、あの顔だ)室ちんはたまに笑ってるのに笑ってない時がある。俺はたまにその表情を見つけては心がもやりとするんだ。ちらりとさっきまで二人が転がってたベッドへと目を移すと、じっくり見る間も無く室ちんの淹れたコーヒーがきた。室ちんはと言うと乱れていた服をちゃんと着なおしていた。

「それで、どうかした?」
「んー、別に。暇だから来ただけ」
「そっか」

じゃあゆっくりしていくといいよ、って言いながら先ほどの後片付けを始める。何も今回が初めてではないし俺もあっちも慣れていた。最初はそりゃあ驚いたけど別にああ、そういう人間なんだなって思ったから別にそれほど気にならなかった。それに、何だか俺と居る時の室ちんとはとても違うから、同一人物っていう認識がないんだとおもう。例えば、さっきの顔とか。俺の前ではちゃんと笑ってる気がするけど、そういう時の室ちんは全然笑ってない気がする。

「室ちんってさあ」
「うん?」
「好きなの、そーいう事」

淹れてくれた温かいコーヒーのカップを手で持ち上げてくるくる回すように遊びながら、何となく聞いてみた。俺にはそういう経験はないし、こうも何度も目撃するとそこまで夢中になるものなのかと思ってしまう。ああ、でも俺が来たら必ず帰ってくれ、って言ってるんだよね、女の人には。それはちょっとゆーえつかん?ってものがある。

「…わかんないかな」
「でも、室ちん」
「誘ってくるから、してるだけだよ。断るのが面倒くさいんだ」

それに自分も気持ちよくなれるしね。室ちんの前髪の所為で表情は分からないけどきっとあの顔をしているんだなって何となくわかった。ふうん、と軽く返事をしてコーヒーを飲む。俺のはいつも甘くしてくれる室ちん、優しいとはおもうよ。

「じゃあ、俺でも気持ち良くなれる?」
「……、は?」

勢いよく振り向いたその顔は、初めて見る顔だ。その表情のまま石のように固まって動かなくなった室ちんに不思議に思って声を掛けるとぎこちなく返事をしてから考え込んでしまった。何かを言いかけては止め、それの繰り返しで苛々してきた俺はコーヒーを一旦テーブルに置いて「ねえ」と室ちんに近づいた。それから室ちんが驚いた顔をして急いで後ずさる。こんな室ちんも、はじめてだ。

「…敦美、そういうのはちゃんと好きな人に言わなきゃダメなんだよ」
「じゃあ室ちんは?室ちんはどうなの?」
「……」

人の事いえないくせに。核心をつくようにそう吐き捨ててやればバツの悪そうな顔をした室ちんが小さく参ったな、と呟いた。大体。

「誰が室ちんの事好きじゃないつったの」
「え」

片目だけの目が綺麗に大きく開いていく。じい、っと食い入るように見ていたら室ちんが俺の肩をそっと掴んで俺を遠ざけた。不思議に思うのと何も言わない事に苛々して顔を隠しているそのさらさらとした黒髪に手を伸ばして顔を見えるようにする。そして見えたのは普段の室ちんからは想像もできない表情だった。なんで室ちん顔が苺タルトみたいに真っ赤になってんの。

「…室ちん?」
「…っ、アツミ、今日は帰ってくれ」

ぐいぐいと手を引っ張られ無理やり立たされて苛々しながらも室ちんの顔を見るとまるで隠すみたいにこっちを見てくれなかった。なんなの、と抗議を申し出ようとしたが特に用はなかったし室ちんがこんなんになるの初めてだし、いやだったのかも。なんて俺なりに気を使って室ちんの部屋から出た。舌打ちしたくなる気分を抑えてポケットに入れていた飴を舐めよと考えながら自分の部屋まで戻ろうとする。

「紫原…とうとうお前まで氷室としちゃったアルか」
「は?何言ってんの劉ちん、…あのさあ室ちんが苺タルトになっちゃったんだけど」
「は?」

不審な目をしながら室ちんの部屋へ入っていく劉ちんを見て俺も帰ろうとした時には室ちんの部屋から劉ちんの大きな笑い声が聞こえた。やばいこれハッカ飴だった。


青春とはいかに


「…劉、そろそろ笑うのをやめないと部屋から放り出すぞ」
「だって、おま、ぶふはっ」
「…」
「クソどうでもいい女には手を散々出しときながら、惚れた女には何もできず挙句真っ赤になって追い出すとか、これが笑う以外にどうす、ははっ!」
「Get out!」


130203:リクエスト

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