※妊娠


「何度も言っているだろう!何でそう敦美は人の話を聞かないんだ、本当に敦美は僕を殺す気でもあるのか!?」
「そんなんないよー…さっきからごめんって言っ」
「次からは気を付けると言え」
「き、気を付けるってばあ…」

ちょっと転びそうになっただけじゃん、と不服そうに呟く紫原…いや赤司敦美に赤司征十郎は更に激怒する。それでも敦美の体制は昔みたいに正座などではなく、体の負担を考えてベッドに横たわらせながら叱るという何とも異様な光景だ。しかしお菓子も食べられないし大好きな夫から怒られる敦美と言えば苦痛以外の何物でもない。征十郎もいつもならここまで怒る事ではなかった。もう少し気をつけろ、とは言うかもしれないが今回は色々特殊なのだ。

「お前の体にはもう一人居るという自覚を持てといつも言ってるだろう!」
「分かってるってば、今日はちょっと気が抜けただ」
「その気が抜けるのをどうにかしろと言っているんだ」

結婚してから少し経った今、敦美は征十郎の子を身ごもっていた。それからというもの征十郎の過保護さに磨きがかかり、今では家事全般が全てが征十郎の手で終えようとしている。敦美は敦美で俺がやる、と言っているが征十郎は征十郎で未だに「僕の言う事は絶対」と敦美に言うと黙るしかない。そして今日、征十郎が敦美の為に会社を休むと言って敦美が必死に説得した結果、やっと会社に行く気になってくれた征十郎が帰ってきた時に玄関前まで征十郎を出迎えに行こうと言った敦美が躓いて転びそうになった。過保護すぎる彼ならばそれだけで心臓が止まる勢いだったのだろう。その結果がこれだ。


「……赤ちんはさあ、俺の腹の中にいる子供にしか関心がないよね」
「…?何を言ってるんだ」
「俺だって今日、精一杯お腹の中の赤ちゃんの事守ってたし。野菜だっていっぱいたべるようになったし、洗濯とか料理する時もお腹が当たらないように慎重にしてて、でも赤ちんが帰ってきて力が抜けちゃったから、」

だから、ふるふると肩が震え、ぽたぽたと布団に落ちる涙を見て征十郎はぎょっとする。確かに敦美は最低限、お腹の中の子に負担がないようにしていたし、その反面いつもいた彼が居ない事に寂しくなる時もあった。そしてチャイムが聞こえて安心しきった頃、気が抜けてしまい転びそうになったというのもある。それからこれは敦美のただの子供っぽい嫉妬であるが、お腹の中の子にしか気がいっていない征十郎に腹も立っていた。最近は何かあれば子供が子供が、気をつけろ、子供の為に。征十郎が自分を見ている気がしないと思い始めていたりもした。

「…敦美、すまない」

ふわりと、壊れ物を扱うように優しく抱きしめられたその腕がとても久しく感じられた。敦美もそれに一瞬目を見開いて驚いたものの、たどたどしく征十郎の背中に腕を回す。安心して更に涙が溢れて止まらない。不意に放されて、お互いの顔が見えるくらいになった時、静かに唇を合わせた。赤ちん、と呼ぶと「僕も、もう少し敦美の事を考えるべきだったね」頭を撫でながら言う。それに敦美も首を横に振りながら「俺も、ごめんね」と謝った。

「でも、僕にとってはどっちも僕の命より大切なんだ」
「…うん」
「敦美が転びそうになった時、本当に心臓が止まると思った」
「うん」
「僕の気持ち、わかる?」
「…うん」

再度ぎゅう、と今度は敦美から抱きしめてごめんね、ともう一度謝る。それに二人は今度こそ笑いあって、もうこんな時間だしご飯たべようか、と手を繋いでゆっくりと台所まで向かった。


すべて愛でできているよ


「うん、決めた」
「なにを〜?」
「やっぱり仕事は休む事にするよ」
「え」
「仕事中も心配で全く仕事が進まなかったんだ」
「でも赤ち」
「大丈夫、僕が黙っていてもお金は入ってくるよ」
「いや、でも、」
「1年間、ゆっくりしようか」
「…」
いやでもやっぱり過保護すぎかもしれない


121217:リクエスト

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