「…いま、なんていったの?」

先程までにこにこと嬉しい事があったのー聞いてーなどと嬉しく俺の前に座っている紫原の目がすう、と冷えていくのを見えた。それに俺は表情一つ変えずに「聞こえなかったのか。陽泉へ行けと言ったんだ」と紫原へと言い放つ。ぐしゃりと紫原の手に持っていた菓子の袋が菓子ごと潰れる音がする。ああ、それはお前のお気に入りの味じゃなかったかと考えるが口にはしない。俯いてしまった紫原を見ながらじっと待つ。なんで、か細く発せられた声に答える事は無い。紫原は理解をしているはずなのだから。

「なんで、赤ちん」

声も震えている。ふう、と溜息に近い息を吐いて「紫原、何度も言わせるな」声を低くしながら言えば紫原の肩がぴくりと跳ねる。「だって、」未だに俺の言う事に反論をする紫原に少々驚きながらも表情には出さず「紫原」とすぐさま言えば紫原は黙った。机にぽたぽたと水滴が落ちる。(ああ、泣いているのか)泣く程までの事かと疑問に持つがそれも口には出さない。別に死に別れるわけじゃないのに。そんな大好きな菓子を食べずに潰す程の事なのだろうか、と。確かに秋田と京都は離れているが、現代の技術では話せない事も無い。一緒に出掛けたりバスケはできないが、俺にとっては"そんな"事だった。

「俺、お菓子も赤ちんがやめろって言ったら、あんまり食べなくするから」
「…」
「練習中にも、お菓子とかたべないし」
「うざいって言うんなら、あんまり引っ付かないようにするし」
「赤ちんの言うことちゃんときくから、」
「だから、」

やっと顔を上げた紫原の目には予想通り涙が溜まっており、それもいまだにぽろぽろと流れている。「やっと、」ああ、俺の言う事は絶対だったろうに、どうしてこんなに反抗するようになってしまったのか、

「やっと、赤ちんと一緒の、洛山にいけるって」

いわれたのに。最後の方の言葉は聞こえづらかったが、確かに紫原はそう言った。ああ、そういえばこの間からやけに勉強をしていると思えばそんなことかと納得する。馬鹿だな、紫原ならバスケで入れるだろう。言おうとした言葉を言わなかったのは今日で何度目だろうか。普段なら言うはずの言葉を言わなかったのは、何度目だろうか。すう、と息を小さく吸って「紫原」といつものように呼ぶと紫原の瞳は何かを期待するような目をしていた。なんて可哀想だ、と思っても俺が今からする事はこの可哀想な子を更に貶める言葉だというのに。

「俺の言うことは、絶対だろう」


それはまるで呪いの言葉みたいに


121207:リクエスト

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