「好きってなんなの」

するりと頬を撫でて先程まで気持ちよく目を細めていた彼がぽつりと呟いた。その答えは俺にも分からない訳だからさあ、と曖昧な返事を返すが本人は俺が何でも知っている神様だと思っているらしく不満そうに眉を寄せる。可愛いな、と思って額に唇を当てたらぐいぐいと袖を引っ張られ「口がいい」と訴えられ微笑んでからちゃんと口にしてやると満足そうにしていた。さっきまでの不満は無くなったようだ。

「赤ちんはあ、俺の事すき?」
「どうだろうな」
「なにそれ」
「俺も好きがよく分からないんだよ」

そういえば赤ちんにも分かんないものがあるんだねえなんて珍しそうな目で見てきたもので、しばし考える。好きとは一体なんだろうか。恋愛小説はあまり読まないが小説を読む上でそういう描写はよく出てくるが、その度に理解に苦しむ。好きとは一体。なんとなく紫原を見てみるが彼は相変わらずお菓子を頬張りながらぼーっとしている。俺と一緒に帰る為にこうやって暇でもずっと待っているんだろうが、それが好きだからというものなんだろうか。気になったものだから素直に聞いてみると「…ん〜?よくわかんない、けど赤ちんとは一緒に帰りたい」なんとも紫原らしい答えが返ってきた為に少し笑ってしまう。一緒に居てこうやって笑えるのは紫原と後はあの5人ぐらいだろう。その中でも一緒にいる時間は紫原が長いので自然と一緒に笑う数も増えるわけだが。しかし別に嫌という訳ではないし、寧ろ今では紫原が居ないと落ち着かないぐらいであったし、目の前にいないとどこにいるのかと探してみたくなるし、紫原が落ち込んでいたらそれなりに心配もするし、彼が嬉しいと俺まで嬉しくなったりもする。だがそれだけである。好きとは一体。

「俺ね、考えたんだけど」

一旦思考を停止して紫原の方へ視線だけ送ると恐らくいくつ目かのお菓子を開けながら「たぶん俺、赤ちんの事すきなんだよ」なるほど、敦は好きが分かるのか。じゃあ好きとは何だと聞いてみればんーと唸った後に返ってきた答えは「わかんない」だ。

「…敦、どういう事だ」
「俺ね、好きって感情はよくわかんないの。でもさ、赤ちんとちゅーするとほわってなるんだけどね。でも他の人とちゅーしろって言われたら絶対やだなって。あと赤ちんに頭撫でられたらふわーってして、他の人に頭撫でられてもふわーってしないし」

「んで考えたんだけど、考えながらぼーっとしてたら赤ちんすきだなあっておもったの」相変わらず説明が全くなってないが、それなりに理解すると無性に心の底から紫原を抱きしめてみたいと、自分でも無意識にそう思っていた事に驚く。少し考えて紫原を見ると視線に気づいた紫原がへらりと笑うものだから、心臓がどうしてだか苦しくなる。好きとは、いったい。というか好き合ったと分かった所で付き合うという事になるのか、付き合うといったら何をするんだ。手を繋ぐ?大体紫原が赤ちんの手あったかーいって言いながら繋いでくる。抱きしめる?紫原がよく抱き着いてくる。キス?これはいつもしている。…セックス?したいと思うか、と聞かれればああそうだな、してみたい。そう答えるだろう、だめだ一度考えだしたらとまらない。男子中学生である事実は変わらないらしく目の前の紫原を見て少しむらりとしてしまう。罪悪感。

「……紫原、すまない」
「え?何急に」
「色々すまない」
「だからなにが」
「好き、だ」

先程の思考で理解出来たのが非常に悔しいが、そのあとの紫原の微笑みに罪悪感も何もかも吹っ飛んでしまう。本当に、何もかも。


121110

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