「アツシ」
「その声、室ちん?」
「うん、そうだよ」

「今日も来たんだ。ほんと飽きないよねー」そう言って笑うアツシの視線は俺に向かってじゃなく、何もない壁へと向けられていた。それに寂しく感じながらも、それを悟られてしまってはいけないと持ってきたフルーツの詰め合わせをそっと机の上に置く。ねえ、お菓子は?と前のアツシと変わらない声に苦笑しつつも一本だけまいう棒を渡した。一本、という事に不満らしいが仕方ない。まいう棒を受け取って、それを剥がすのに少し手間取うアツシを見て心が痛くなる。…アツシの目は見えなくなった。原因は未だに教えてくれないし、この目が見えなくなった事はキセキの世代にも知らせていないという。「もう、バスケは出来ないのか、」という俺たちに対して、アツシはアツシなりの気遣いなのか「もー俺はバスケやめるっていったじゃん。ちょーど良かったしー」なんていつものように言ってみせた。俺hその言葉はとても本心とは思えなかった。勿論それは陽泉の皆もそう感じとっているのだと思う。黒子君にリベンジするんだと、捻り潰してやるんだと、そう言っていたじゃないか。なんて、俺が言ってもアツシを悲しませるだけだとこの言葉は言っていない。言ってしまったら、きっと俺以上にアツシは悲しんでしまう。

「…アツシ、黒子君にもまだこの事は言っていないのかい?」
「もー室ちんしつこい。言わないって言ってんじゃん」

ぽすぽすと長く味わいたいのか昔のスピードより遅く食べるアツシは溜息を吐いた。何で言わないんだい、と今日は少しだけ食らいついてみる。アツシの目が見えなくなって今日で一ヶ月だ。黒子君とは試合中はあんな雰囲気でも、試合が終わってから連絡はとっているみたいだったし、仲良くやっていたはずなのに何故この事実を知らせないのか。悲しませたくないという気持ちなのか、それでもいずれは知る事実ではなかろうか。

「言う必要があるわけ」

(あ、ちょっと不機嫌になった)そう察した俺はそうか、と話を終わらすように言ったがアツシの機嫌が一度悪くなったら戻すのは少し面倒くさい。「アツシ、ごめんな?」なるべく優しく語りかけた結果アツシは「…おれも、ごめん」と一言。正直俺は自分の耳を疑った。アツシが、謝った?

「…アツシ、熱でもあるのか?」
「ちげーし。……俺には、もう室ちんがどんな顔してるのかわかんないの。どこにいるかもわかんないし」

その言葉は俺の心臓を締め上げるようだった。アツシはもう目が見えないんだと、俺にはその光景がどんなものだか分からない。想像も出来ない。アツシはそんな真っ暗な世界を見ているんだと。

「だから、もし室ちんが怒って、もう二度と会いに来なくなったらどうしようとか、そのまま出て行っちゃったら追いかける事も出来ない」
だから、ね。普段と変わらない表情で言っているはずなのにその何も映していない瞳がとても暗く見えて、なんだか涙を流さずに泣いているように見えたのだ。





室ちんさんならきっとどんな恥ずかしい台詞でも言えるって信じてますねん。
中編にしようと思っていたけど終わりが見えないのでやめました。赤紫か氷紫になる予定だった





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