午後の作業が開始されてからしばらく経った頃、久雨は再び現場へと足を運んでいた。何故だか町田くんからは大歓迎です!とばかりにくっついて回られているけれど、それをことごとく無視して仕事に戻らせた。
 今日は、町田くんは前回平助くんが担当していた作業をしている。すなわち、生地を練る機械の監視。町田くんがやって大丈夫なのかな…と、心配になる。
 クレームで返ってきた商品の包装フィルムには、ロットナンバーが書かれている。それは製造日を示してあるので、その日に製造した焼き菓子は全て回収され、冷凍庫で眠っている物も廃棄される事が決まっている。大損失だ。一日の作業全てが無意味になったという事だ。書き入れ時ではなくて本当に良かった…。そして、その日に出勤していたのは、町田くんと、前回町田くんが作業していた位置の、ベテランパートさん。平助くんは休みだった。
「そうだ、平助くんに謝っていないんだった…。」
 この頃のバタバタで、まともに会話をしていないのだ。残業続きで、お互い時間を取って会う事が出来ていない。そこでこの休み交換は、本当に痛い…。
 思わず俯きがちになってしまうけれど、今日も気合を入れて仕事をせねば、残業時間が伸びるだけだ。
 なにも犯人探しがしたいわけでは無い、みんなに気を引き締めてもらいたいがための監視だ。…と言うのに、何故逆にテンションが上がってミスを連発する、町田ぁぁぁ!!
「あぁ、間違えた、これじゃ生地が溢れちまう、ど、どうしよう、久雨さん手伝ってください!この小さい方…はもう重いから、こっちの大きい器、下に入れてください!」
 相当焦っているのか、…っす口調が普通の敬語になっている。
 …待て、焦ったら素が出るのが普通だろう、何故綺麗な敬語になる…。
 呆れつつ、久雨は大きな器を、町田くんが持ち上げる生地が流し込まれ続けている小さな器の下に滑り込ませた。
「ふぅ、助かりました。久雨さん、ナイスタイミングっすね!俺、運命感じちゃいましたよ!」
「運命じゃなくて、必然です。監視してるんだから…。」
 呆れを通り越して脱力しそうだよ、もう。
 横で小さい器から生地を移し替えている町田くんを、マジマジと眺める。
 どうも、彼が犯人と思えて仕方がない。このミス連発では、注意力も散漫に違いないと決めつけたくなる。
 っと、いけない。犯人探しじゃなくて、丁寧に仕事をしてもらうための監視だった。
 勿論、最初は犯人は誰だ!?とか、どの工程が悪かった!?とか思いはしたけれど、それを明らかにすると、みんなの士気も下がってしまうし、和も乱れる。そうすると、仕事の効率は下がり、仕事ぶりも雑になる。だから、犯人探しはしないで、全員に注意を促そう、という事で話は終わったのだ。
「町田くん、気を付けて。君、今日いっぱいミスしているよね。いつもこうなのかな…?」
「…あ、いえ、俺いつもは…すんませんっした。」
 ゴムベラで生地を綺麗に移し替えながらも、町田くんは頭を下げて謝り、その後こちらを見なくなった。
 反省…?してくれたなら良いんだけど…。
 それ以降、しょげて元気がなくなった町田くんを筆頭に、焼き菓子部屋は静かに黙々と仕事をする部屋になった。
 今まで、こんなに沈黙して仕事をするみんなを見たことがない。
 いつもいつも、和気あいあいと仕事をしている部屋だと思っていたから、何だかそわそわしてしまう。
 自分がいるから、こんなに静かなのかもしれない…。そりゃそうだ、監視だもの…。でも、和気あいあいとしたにぎやかなこの部署が好きだから、自分のせいでこんなに暗くなるのは、悲しい。
 …今日はもう、終わりでいいかな。うん、これだけ静かに真剣に仕事をしてくれているんだから、この件は解決ってことで。
 肩から力を抜いて、久雨は事務所に戻ることにした。



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