「お疲れさまでした!」
 元気な声で顔を上げると、タイムカードを切りながらこちらに手を振っている…町田くん…かな?
 久雨はそれまでの作業をいったん止めて、「お疲れ様です。」と返事をした。
「何してたんすか?」
「手紙を書いてたの。」
「手紙?何すかそれ、仕事中に良いんすか〜?」
「仕事の手紙です…。」
 脱力する…。
 ちょうどバイトやパートが仕事を終えて帰る時間になったらしく、事務所の入り口は人の出入りが激しくなった。
 町田くんは、その波に乗って立ち去ればいいものを…、何を考えたのか久雨のデスクの横までフラフラと歩み寄ってきた。
「あ、本当だ、仕事の手紙っすね。」
「そうです。」
 何で職場で私用の手紙を書かなければいけない…、しかもワードで…。私用の手紙なら手書きするわぃ、プリントアウトも面倒だと言うのに…。
 書き上げた文書をプリントアウトして、コピー機の横まで取りに移動したのに、何故だか町田くんはついてくる。
「町田くん、仕事は終わったんでしょう、帰れば?」
「うわ、久雨さん冷たいっすねぇ。俺、デートのお誘いに来たんすけど。」
「…え?私まだ仕事残ってるから。」
「待ってるっすよ。」
「今日は残業コースです。」
「じゃあ、手伝いましょか?」
「…手伝えないから…。」
 ただでさえ、作業の見学で今日の予定が押してるのに、ここで邪魔されては本当に面倒なんだけど…、といい加減イライラし始めていた久雨の背後から、救いの声が聞こえてきた。
「久雨〜、明日の作業依頼表出来たか?」
「あ、原田さん!作業依頼表ですね、まだ一店舗だけ発注してこないんですよね〜、だからもう少し待っててもらえると…。」
「んだよ、締め切り時間過ぎてっぞぉ。」
「メール来てるか確認しますね。あ、町田くん、お疲れさま。じゃあね。」
 わざとらしく原田さんに聞こえるように言って手を振ると、パソコンに向かって難しい顔でいじっている原田さんの横へと滑り込んだ。
「ちぇ、久雨さん、俺諦めね〜っすからね。」
「諦めてね。」
「…何の話だ?」
「じゃ、お先っす。」
「おう、気を付けて帰れよ。」
 原田さんには聞かれたくないのか、町田くんは案外すんなりと帰っていった。
「どうした、何か言われたのか?」
「あ〜、デートに誘われて、断っているのにしつこくて…。」
「へぇ。久雨は可愛いからな。誘いたくなるのも分かるな。」
「…原田さんまでそういう事言う…。おだてたって作業依頼表は早く出来ませんよ。あ、メール来てましたね。待ってください、今入力してプリントアウトしますから。出来たら持っていきましょうか?」
「いや、ここで待つよ。戻ったところでそれがなきゃ作業できねえからな。コーヒーでも淹れるか?」
「あー、有難うございまーす。」
 デスクに座って作業を始めつつ、原田さんの気遣いに感謝をした。
 町田くんには疲れさせられるから、こういう大人のさりげない気遣いは本当に感謝だ。
 この時間は、他の事務の人たちは現場に降りている事が多いのも原因だと思う。それをみんな知っているから、町田くんみたいに軽い輩は声をかけて……そう言えば、平助くんも、こういう時間を狙ってよくコーヒーを飲みに来ていて、それで話をするようになって…。
 そう言えば、今日は来ないなぁ…?
「平助、今日は来ないな。どうしたんだ?」
 原田さんが、デスクにコーヒーを置くと同時に言った。
 デスクに置かれたコーヒーは二つ、自分の分は手に持って飲んでいるから、平助くんの分なんだろう。
「来ませんね。焼き菓子の人たちはみんな帰ったのに。」
 作業依頼表の催促にも来ないなんて…。
 二人して事務所のドアを見て首を傾げているところに、元気よくドアが開け放たれた。
「あー、だりぃ、腹減ったぁ〜。」
「噂をすれば、だな。」
「はい。」
「なあ、久雨〜、なんか食い物ねえか?あ、左ノさん、なあなあ、左ノさんとこで出来損ないとか試作品とかねえ?」
「生憎、今日は何もねえよ。」
「私、お煎餅なら持ってるよ。」
「お、ラッキー!」
「俺も貰って良いか?」
「勿論。どうぞ。」
 引き出しからお煎餅の袋を取り出して二人に差し出すと、久雨は作業の続きを仕上げてプリントアウトした。
 コピー機からプリントを取り出すと、部署ごとに仕分けして、洋菓子と焼き菓子の分を抜き出して二人に渡すと、久雨はドアへと移動した。
「これ、他の部署に配ってくるんで。」
「おいおい、事務所に誰も居なくなってどうするんだよ。」
「二人が居るじゃないですか。」
「これ飲んだら戻らねえと…。」
「すぐ戻りますよ。」
「なんだよ、一緒に一休みしようぜ。」
 平助くんのお誘いはとても魅力的だ…けど、今日の作業の遅れを考えると、頷くわけにもいかない…。
「戻ったら一休みの間お喋りくらいはお付き合いできるけど、私は作業を止められません〜。じゃあ、お留守番よろしくね。」
 サッと身をひるがえして、事務所を後にした。



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