久雨の場合

緊張に緊張を重ねて、そして更なる緊張が目の前にいる。

「おい、固まってねぇで手を動かせ。」

「ひっ、はい!」

私は不幸だ・・・。

人見知りが原因で、未だに同期と仲良くなれないまま、わずか三人の女子の同期とも離れ離れで・・・、総合統括部だなんて・・・。

「こんな作業でもたついてるんじゃねえぞ。」

「はっ、はいぃ!」

隣の同期も、涙声になっている。

会社一怖いと、一週間で理解された土方部長のもと、数種類の箱の中に入っているチラシを、一種類ずつとって、まとめて三つ折りにして封筒に入れる作業中だ。

「いいか、この箱全部が今日の分だ。終わらなければ帰れないからな。」

「はい。」

研修で部署分けされてから二日目。

明日には違う部署へと行ける、そう思いながら頑張っているけれど・・・。

まだ午後になったばかり。

「土方部長、脅しじゃないんだから・・・。終わらない量じゃ無いから、安心してね。」

部長の背後から、溜息交じりに聞こえてきた声は、部長の直部下ののゆさんだ。

初日の説明や仕事の振り分けをしてくれた。

「部長、書類が上がってきたので確認してください。じゃあみんな、よろしくね。」

総合統括部、とは名ばかりで、どうもなんでも屋さんみたいな仕事が多いみたい。

二人が去ると、しんと静かになる。

応接セットで、ソファに座って二人で黙々と作業をしているけれど・・・。

昨日から、こんな仕事ばかりだ。

パソコンに触る仕事と思っていたけれど、一切触っていない。

昨日は、今入れている封筒を糊付けして作る作業、そして封筒一つ一つに、宛先が印刷されたシールを貼る作業だった。

今日の午前中は、廊下、トイレ、給湯室の掃除。

ごみ捨てもした。

ごみ捨てに関しては、分別されていない物もあったりして、大変だった。

これも仕事だ、うん、今までもこの部の誰かがやっていたと聞いたし。

と、その時、

「はぁ!?」

と、部長の不機嫌な声が響いてきた。

「ったく、総司の野郎・・・!」

掃除?え、掃除駄目だったのかな、やり直しかな!?

のゆさんはOKって言ってくれたのに・・・。

「分かった、じゃあ、どっちかをそっちに回す。」

誰かと話しているらしいけれど、土方部長の声しか聞こえてこない。

「ああ、源さんとこからも、一人引っ張ってくれ。」

引っ張る・・・?

思わず手が止まる私に、同期も首を傾げて、思わず顔を見合わせた。

「聞いてる。まるはそのまま残せ。ほか二人のどっちか行かせろ。営業に向いている奴を源さんに指名させてくれ、こっちは内勤に向いてそうな奴を出す。」

内勤?

「私たち、どっちかが営業部に行くってことかな。」

こそりと言うと、同期も頷いた。

どっちが行くんだろう・・・。

そんなことを思っているうちに、のゆさんが顔を出した。

「えーと、久雨さん来て。」

「私ですか?」

「そう。そっちの、君はそのままね。後で私が手伝いに来るから。」

「手伝わなくていい、こっちも仕事いっぱいあるんだから。それは明日以降でも良い。」

会話が聞こえていたようで、土方部長の注進が入った。

「分かりました。」

肩をすくめながらのゆさんが返事をすると、手招きをした。

「今から営業部に行ってもらうね。内勤に回って。」

「教えてもらうって事ですね。」

「・・・ごめん、教えてもらうんじゃなくて、内勤の仕事をしてほしいの。」

「へ?」

研修じゃなく・・・?

「仕事の仕方は、山南さんが教えてくれるから。電話応対は、こっちの会社名と自分の名前を告げて、相手の会社名と名前と要件は必ず聞いてね。最初はメモして。それから、担当者に代わりますって言って保留すれば良いから。」

「え・・・?」

「入力の仕方は、おいおい覚えれば良いから。多分、一人急いで戻ってくるからそれまで、ね、頑張れ!」

ポンと肩を叩いてから、営業部の扉を開けて押された。

中に一歩踏み込むと、山南課長が立ち上がって手招きをしてきた。

「じゃあね。」

告げて、のゆさんが帰って行った。

「悪かったね、突然部署替えなんて頼んでしまって。」

「いえ、あの、私で力になるかどうか・・・。」

「心配しなくて大丈夫ですよ。とりあえず電話番をお願いします。結構、ひっきりなしにかかってくるので。私に代わってください。私が出られないときは、こちらから折り返すから、番号を教えてくれと言ってください。開いてが折り返すと言うなら了承して。そして、すべて私に報告するように。お願いしますね。」

「はい。」

一つのデスクの椅子を引いて座るように促されている間に、さっそく電話がかかってきてしまった。

緊張する・・・。

そんな私の様子を見つつ、山南さんが出るように手で促した。

「はい、薄桜会社、久雨です。」

緊張で手が震える。

何とか相手の社名と名前をメモし、要件をメモして山南さんに繋げることができた。

伝えると、山南さんが穏やかに微笑んでくれた。

すぐ後、同期が一人部屋に入ってきた。

山南さんは目で私の隣に座るように促した。

「なぁ、一体何なんだ?」

「さあ・・・、とりあえず電話番らしい。」

「どうすりゃ良いんだ?」

聞かれたので、説明された事を聞かせてあげ、しばらく二人で電話番に徹することになった。

そして一時間も経っただろうか・・・。

電話がひっきりなし、本当だった・・・。

こんなに大変な部署だったのか・・・と、受話器を置いた久雨は溜息を吐いた。

と・・・。

「たっだいま〜!!超特急で帰ってきたぜ!で、何すりゃ良いんだ、山南さん?」

突然の大きな声に、小さく悲鳴を上げて縮こまった久雨を見つけて、声の主が近づいてきた。

「ん〜?悪い、驚かせたみたいだな。」

「いえ、すいません。」

「いや、謝るのはこっちだし。悪かったな。」

見上げれば、太陽のような陽気な笑顔を向けて、自分と年の変わらないような青年が立っていた。

「お前ら新人だろ。てことは、お前らに教えれば良いのか?」

隣の同期と自分を見比べて、笑顔で話しかけ続けている彼は・・・いったい・・・。

「あの、久雨です、よろしくお願いします。」

「ああ、俺は藤堂平助な。いやぁ、今まで頑張ったな、偉い偉い。」

ポンポンと、頭を優しく叩かれて、久雨の頬が自然と赤く染まった。

うわぁ、恥ずかしい、男の人に頭・・・うわぁ、こんなの久しくされたことないよ・・・。

枯れた乙女心が花開きそう・・・。

「藤堂くん、お帰りなさい。もうすぐ原田くんも帰ってくると思います。」

「んあ?左之さんが帰ってくるんじゃ、俺教えなくても良いのか?」

あ・・・あの、藤堂さん、その・・・

「いいえ、原田くんは、彼を連れて営業に行ってもらいますから。君は内勤を教えてあげてください。」

「ふぅん、俺で良いのか?」

その・・・えっと・・・

「君の復習にもなると思いますよ。」

「・・・いや、まぁ・・・、大丈夫だって!教えてりゃ思い出すからさ!」

頭・・・、頭に・・・

「な!俺に任せておけば大丈夫だからな。」

うわぁ〜!頭撫でられ続けてる〜!

どうしよう、どうしよう、恥ずかしい!!ヤバい、頭沸騰する!

「は、はい、よろしくお願いします!」

頭から手をどかしてもらいたくて、久雨は立ち上がった。

けれど・・・

「へぇ・・・、なんか、これも良いな。」

余計にぐりぐり撫でられてるんだけど、どうしてぇ〜!!?

「久雨っつったっけ?お前、撫で心地良いな。」

ズッキューン!!!

その笑顔に、射抜かれました・・・。


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