まるの場合
午後の始業前、指定された企画部へと足を踏み入れた私は、部屋の中に居た人々から注目された。
もちろん、予想の範囲内ですよ。
得意の笑顔もぎこちないかもしれない・・・、ええ、人当たりは良いけれど、実はビビりが私です。
「新入社員のまるです。午後はこちらでお世話になります。」
「ああ、聞いているよ。よろしくね。」
最奥の席から、やさしい、これこそ本当のやさしさだ!と言う声が迎え入れてくれた。
「はい!よろしくお願いします!」
元気よく挨拶をする私に、一人の女性が近づいてきた。
「まるさん、よろしくね。私が指導係のまみです。」
胸元に資料を抱えているまみさんは、仕事のできる女性然としていて、素敵だった。
それに、女性社員に配られる制服を着ていない。
なぜ・・・?
「ああ、これ?私はたまに外回りもするから。」
そうしてスーツの裾をひらりと持ち上げて見せる。
企画部なのに、営業でもないのに、外回り・・・。
山南課長が言っていた通り、一応分かれているだけで、みんな総合的な仕事もする、本当にそうなんだ。
「さ、こっちに来て。ここが、とりあえずの間の席ね。」
案内されたのは、ノートパソコンだけが置かれている三つの席の端。
他の席は、大量の資料が乗っていたり、ペン立てにカラフルなペンが挿してあったり、私物が飾られていたりしていた。
そして、自分の席の前には、デスクトップのパソコン。
デスクの主はまだ居ないようだ。
「私の席はあっち、少し離れているけれど、分からないことがあればすぐに聞きに来てね。」
説明を終えて席に座らせられると、同期が二人入ってきた。
それを見ると、まみさんがそちらへ行き、同じ説明をしている。
と言うことは、まみさんは全員の指導係ということだ。
緊張に手の汗を擦りあわせていると、隣に座りだす同期の後に、見たことのない格好良い男性が・・・なんと、前の席に座った!!
かっ・・・・・・こいい・・・!
ヤバい、見とれるって、顔が見えないくらいデスクトップが大きくて良かったぁ。
「さてと、一応企画と名前がついている部署だから、新人のうちは企画ぽいことに携わってもらいます。今までにない新しい風を吹き込んでもらおうという意図もあるの。」
そう言いながら、まみさんはパソコンを立ち上げさせて、ファイルの一つを開かせた。
「その中に、今までに没になった企画が入っているから。今日はそれがなぜ没になったか、みんなの意見を提出してね。ファイルで転送してくれればいいから。えっと、転送先はここ。ファイル形式は読めれば何でもいいよ。」
一通りの説明を終え、まみさんが自分のデスクに戻っていく。
同期と顔を見合わせ、画面に見入る。
ファイルの中には沢山の企画。
題名だけの物、内容まで書かれているもの、さまざまだ。
なぜ没になったか・・・って、え?
そんなの・・・・・・、分かるわけ・・・・・・えっと・・・、いや、分かる、分かりやすすぎる企画がチラホラあるんだけど。
川釣り、鮎を食べまくろう!
って、川で釣った魚を売るんじゃなくて、釣り事態を売ろうとしてるし・・・、旅行会社じゃないってば・・・
各地の豆腐食べ比べセット?
これ、何で没なの・・・・・・いや、こりゃ無理だ、無理だって。
各県各市の豆腐屋さんからとか、範囲デカすぎでしょう!
せめて、有名どころに絞ろうよ。
あ、でもこの文句良いな、『既に有名なものを取り扱っても二番煎じである。新たなるブームを作らなければ、この先生き残っていくのは困難であろう。』
言葉は堅苦しいけれど、分かる。
なら、ネットの強みを生かして、まず市場調査すれば良いんじゃないかな、各県で美味しい豆腐のお店とか教えてもらえないかな。
・・・って、没の理由を探せって言われたんだった、企画を絞り込めって言われていないし・・・、それに豆腐にこだわることないよね
あぁ、でもそうすると色んな物で応用が利く―て私が今更そんな事言わなくても、やってるよね。
でも、気になる・・・気になる・・・!
「あの、まみさん・・・。」
開始から一時間も経っていないのに、立ち上がり声をかけた私へと、周囲の視線が刺さった。
「どうしたの?パソコンでも調子悪い?」
「ならば、俺が見よう。」
おもむろに立ち上がった正面席のイケメンの君!
「あ、いえ、パソコンは別に!」
慌てて否定をするけれど時すでに遅し、イケメンは私のパソコンをのぞき込んで、目を瞬いた。
「・・・・・・。」
無言でこちらを伺ってくる。
ヤバい、駄目だ、心臓がドキドキする、イケメンにこんなに見つめられるなんて・・・。
「パソコンは動きます。」
「・・・ワードならばここに・・・。」
「それも、分かります。」
「ならば・・・」
「あの、その・・・、この企画・・・なんですけど。」
「・・・・・・没の理由ならば、ワードに。」
一瞬、ムッとしたような顔をされた気がする。
そりゃそうかもしれない・・・、やだもう、イケメンから一瞬で嫌われるとか、私もうこの会社で生きていけない!
この部署に居られない!
なら、いっそほかに回してもらおう、もう、お前は向いていないってことを分かってもらうもん!
悲しい、私のトキメキよ、さらばっ!
「この企画を詰めさせてほしいんです!範囲が広すぎたようですけど、けどでも、トップページとかにアンケート協力とか、期間限定で設置して、美味しいけれど知られていない豆腐屋さんとか教えてもらって、何軒かに絞って交渉すれば、新たなブームが作れると思ったんです。豆腐に拘らずに、色々な物に応用が利くなって・・・でも、すいません、新人ごときが、出しゃばりました!そんなこと、もうやってますよね!」
一気にまくしたてた私の言葉に、目の前のイケメンが驚いたように瞳を開いてこちらをじっと見つめている。
「『既に有名なものを取り扱っても二番煎じである。新たなるブームを作らなければ、この先生き残っていくのは困難であろう。』です。その通りだと思ったんです。」
すいません・・・と腰を折って謝る私に、最奥のやさしい声が笑いを含みながら「良いんだよ」と告げた。
顔を上げると、課長とまみさんが笑顔で頷いている。
そして、目の前のイケメンが、頬を赤く染めて瞳を泳がせて・・・
え、なに?なんでそんな美味しい表情を!?
ヤバい、恋に落ちるって、これは不意打ちだってば!
誰かとシェアしたい!話したい!こんないい顔は心の写真だけじゃ満足できません、写メらせてください!!
「斎藤くん、彼女の意気込みは聞いたね。」
「はい。」
「豆腐に拘りすぎた事で没になった企画だけれど、新しい風は見事に拘りを打ち砕いて、良い企画へと変えてくれそうだね。」
「・・・はい。」
・・・はい?てことは、斎藤さんの企画てことで・・・、さっきの言葉も、斎藤さんの!?
ぎゃー!!思い切り目の前で読み上げたうえに褒めちゃったよ!
恥ずかしい〜!!
「まるくん、斎藤君と一緒に、その企画を練り上げて、良いものへと変えてくれるかい?」
「・・・え?」
「斎藤君は、良いね。」
「はい。」
え・・・?
「え、あの、私まだ研修中で・・・」
「だが、ここの社員であることに違いはない。そうだろう?」
「そ・・・うですけど。」
「ならば、問題あるまい。」
そう言うと、穏やかな微笑み付きで、斎藤さんが手を差し出した。
「俺は斎藤一だ。よろしく頼む。」
「・・・はい。まるです、よろしくご指導ご弁宅のほどよろしく・・・あれ?」
うわっ、きちんとしようとしたのに大コケしたっ!
「すいません、よろしくお願いします。」
格好がつかない、私のバカバカ。
ふっと笑う気配に下がった顔を上げると、穏やかな微笑みが、さらに柔和になっていた。
「ところで、その企画はまずは豆腐で試してみようと思うが、どうだ?」
豆腐に拘っている・・・、本当だ・・・。
「豆腐で良いです。あれもこれも、にならなければ。スッキリとまとめて、誰もが買いやすい食べ比べセットにしましょう。」
「・・・善処する。」
うわっ、残念そうだ!
なに、ちょっと格好いいだけじゃなくて、可愛いんですけど!
もう、斎藤さん・・・、ヤバい、ハマる。
こうして、まるは初日から企画部勤務が決まった。
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