研修の場合
春うららかな陽気に後押しされて、ふと瞼が閉じる。
・・・のを必死に抑えながら、前方から聞こえてくるやさしく朗らかな声に耳を傾け、時折配られたプリントにメモを取る。
「さて、これでうちの部署の説明は終わりです。何か質問はありますか?」
にこやかな瞳が室内をぐるりと見渡して、一つ頷いた。
「みなさん、この陽気に誘われてしまうのは分かりますが」
ため息が一つ。
「いつまでも学生気分では困りますね。みなさんはこの会社に入社しているんです。社会人になったのです。」
声の調子が固くなったのを感じて、背筋が伸びた。
そして、辺りをこそりと伺ってみると、成程舟をこいでいる人が多く、窓辺の人たちの幾人かは机に突っ伏してしまっている。
「今は研修期間で、仕事をするというよりも教えられている時間のほうが多い。学生気分が抜けないのもわかります。」
社内の部署の説明や、その仕事を教わりながら適性を図るという意図も含まれているこの研修期間も、早一週間が経過している。
「働かざる者食うべからず、という言葉は、もちろん知っていますよね。ええ、しっかりとチェックさせていただきました。研修期間と言えど、お給料は出ます。が、研修期間は試用期間とも言います。無事に入社して気が抜けているのでしょうが、法律上お給料を払わずに解雇・・・出来ましたかな。さて、うちの契約書類にはなんて書いてあったか、戻ったら調べなければいけませんね。」
怖い・・・、その笑顔が怖すぎる。
私、しっかりと目を開けててよかった・・・。
プリントを見ると、ミミズがのたくったような字が左から右へと斜めに降りてきているけれど・・・、これは見られないようにしよう。
「さてと・・・、ここで目を覚まさない人たちは置いていきましょうね。今日まで、ここで仕事の流れを覚えてもらいましたが、午後からはそれぞれの部署に行ってもらい、実際に仕事を経験してもらいます。」
教壇に立つ教師のような立ち居振る舞いの上司の言葉に、再び背筋が伸びた気がした。
私こと、まる、は、晴れて、新入社員として、この会社に入社して早一週間なのです。
片言になってしまうのは、いまだに緊張感から解き放たれないからでしょう。
だって、会社勤めなんて初めてだし・・・。
新入社員の中、女の子って少ないし。
未だにランチは一人寂しくファーストフードだよ。
お弁当を持ってくる気にならないの。
会社の中で寂しく一人でお弁当を食べた初日は、泣きそうだったんだもん。
あんな気分を味わうくらいなら、外で気晴らししながら食べたほうがマシ!
そんなわけで・・・、そろそろお昼か・・・と憂鬱が襲ってくる。
「席で分けてしまいましょうか。ちょうど、長机が四つあることですし。」
長机に三人ずつ座っている。
新入社員はそんなに多くもない。
女子は全員で三人しかいないのに・・・仲良くなれない。
この私が!結構誰とでも仲良くなれる私が!いまだに仲良くなれない・・・。
なぜだろうか、と、毎晩考え込んでいるんだけど、分からない。
「そこが企画部、そこは営業部、そこはシステム部、でそっちが総合統括部。いいですね、それぞれの部署の名前は初日に説明しました通り、一応名前がついているだけで、いろんな仕事をしています。各部に長は居ますが、部長ではなく課長です。部長は総合統括部にいる土方部長のみ、間違えないようにしてくださいね。」
そう言うのは、営業部の山南課長。
これまで、いろいろと教えてくれた人だ。
「さ、では午前は少し早いですが解散としましょうか。午後はここには集まらなくていいです。始業とともに各部署へと行ってくださいね。」
和やかな笑みとともに、山南課長は付け足した。
「そこで寝ている方たちには、午後のことは告げないよう。ええ。けっして、告げないように。」
そして、解散、と手を叩くと、部屋を出ていった。
怖い、あのスマイルが怖いものだと、もっと早く気付いていたかった・・・。
さて、今日こそは可愛い女子仲間のナンパを・・・・・・
もう居ない・・・
早い・・・、悲しい・・・
午後からは部署も違うから、もう、いつ声をかけたらいいやら・・・寂しい・・・
[*prev] ◎ [next#]
-top-