大急ぎでレストランへと到着した私を、泰衡さんが立ち上がって出迎えてくれた。

彼の前には水しか無く、何も食べないで待っていてくれたと言う事に、嬉しくて笑顔がこぼれた。

「そんなに息を切らせるほど急ぐことか・・・?」

動きづらい表情が、驚きを表していることを、今の私は知っている。

「うん。息を切らせるほど急いで来たかったの。」

「・・・何故。」

理解出来ない生物を見るかのような表情はもう見慣れている。

「だって、一秒でも早く会いたいじゃない。」

「・・・・・・変な女だな。」

視線をふい、と逸らして呟く泰衡さんの表情が、穏やかに笑っているのが分かる。

今までの付き合いは全て無駄じゃなく、愛情表現が見えないから愛されていない訳では無い、と言うことが、一々見えてきて、嬉しくなってしまう。

「愛する人に早く会いたいのは、普通の事なのよ。」

流石に恥ずかしい台詞だったので、メニューで顔を覆って呟いて、少しだけ覗き見る。

泰衡さんの表情は穏やかなままで、心地よい音楽を聴いているかのような優雅な風情を保っていた。

「・・・そうかもしれないな。」

そんな呟きが聞こえてきて、何で穏やかな状態でそんなことが言えるのか!?と、逆にこっちが真っ赤になってしまった。

「どうした、顔が赤いぞ。」

「こ、これは走ってきたからです。」

「その嘘は、耳に心地いいな。」

一々人の心を鷲掴みしないで!

メニューに完全に顔を隠して、文字の羅列を目で追っているのだけれど、全くどんな料理なのか理解出来ない、どころか文字が何を言っているのかも分からなかった。

彼の愛情表現がどんな物なのかを理解してしまうと・・・、これは思いのほか甘い・・・!

「まみ、仕事は楽しいか?」

「は・・・?え、はい。楽しいよ。」

「辞める気は無いのか・・・?」

「ないですね。」

「ならば、うちで働けば良い。」

「・・・は?」

甘さを噛み締めていた私へと、次の瞬間には・・・これは・・・・・・引き抜きの話?

呆気にとられてメニュー票を退けると、テーブルに丸い小さなベルベットの箱が置かれていた。

「・・・え?」

眺めているだけの私に、機嫌を損ねたような溜息を吐き出した泰衡さんが、その箱を開いて更に私の近くへと差し出した。

「受け取るのか、受け取らないのか?」

ポカン・・・と口を開けて、箱の中身と泰衡さんを交互に見る私は、まるで赤べこのようだ。

箱の中では、センス良く並べられたダイヤのキラメキが踊っている。

「これって・・・・・・。」

「それなら、会社でもつけていられるだろう。せっかく贈る物だ、取って置きのときにしか身につけないなど、莫迦莫迦しくて贈る気にもならなかったが・・・、普段身に着けられる物ならば満足だろう。」

その満足・・・は、多分泰衡さんの満足なのだろう。

箱を持ち上げて、中身を取り出して、左の薬指に嵌めてみる。

サイズは、一体いつ測ったのか、ぴったりちょうど良く、ダイヤも数が多い割には引っかかりも少なくて、付け心地も良い。

仕事にも支障が無いデザインだけれど、卓越したセンスのお陰か、指に存在しているのが、遠目からでも分かりそうなほどに目立つ。

目立つけれど悪目立ちはしない。

悩んで、探して、やっと見つけてきたのかもしれない。

「それを嵌めたと言うことは、受け取るんだな。」

最後の確認のように、真剣味を帯びた声音が耳に届いて、私は頷いた。

「嬉しい・・・。本当に、貰っていいんですか?今日、別に誕生日でもクリスマスでもないんだけど・・・。」

「婚約を言い出すのに、誕生日もクリスマスも無いだろう。」

「・・・・・・そうですね。」

婚約・・・。

今まで暈かして言わなかった台詞を、受け取ってもらった後で言う泰衡さんのプライドもだけれど、本当に自分で良いんだ・・・という喜びで、目頭が熱くて笑顔がくしゃくしゃになって、照れくさそうに横を向いてしまったそんな珍しい泰衡さんの顔が見えなくなった。

「泣くほどのことなのか・・・?」

驚いたような泰衡さんの声に思わず吹き出して、頷きながら指輪の光る手で顔を覆った


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