終業のチャイムと共に一斉に動き出す社内。
だけど私はデスクを動けず…。
ぅぅ、終業の一時間前に仕事を持ってくるって、どうゆう事ですか、永倉さん!!
しかも名指しって!!
「悪い、まるちゃん!本当に、この通りだ!きっと一時間で終わるから!」
と、顔の前で両手を合わせて拝み倒す永倉さんに曖昧な笑みを見せて受け取った私は、その後から速攻仕事に取り掛かったのだけれど…、終わらずに今に至る…。
一時間で終わるなんて言うから、素直に頷いてしまった自分が悪かったのだろうか…。
そもそもねぇ、永倉さんねぇ、いつもいつも仕事を滞らせすぎなんですよー!!
胸の中で叫びつつも、こんな残業なんて大した事無いんですよ…と顔では装う私。
その理由は明白で…。
「その…、すまない。新八が迷惑をかけた。」
「いえ、全然!これくらい!一時間で終わらないのは私が仕事が遅いせいですから!」
全然、これくらい!怖いのは水城と久雨に怒られることくらいですからっ!
「…手伝おう。」
「…はい?」
「その資料を共有データに打ち込めば良いのだろう?」
「え…、はい、そうですけど…、いや、斎藤さん、悪いですから!結構です!もう帰ってください!」
いえ、帰らないで下さい、手伝ってください、なんなら私をこの誰も居ない部屋の中で押し倒してーっと自主規制。まだまだ夕方ですよ、まるさん。
「いや…、二人でやれば直ぐに終わる。」
「確かにそうですけど、でも後二十分もすれば終わる量ですから。」
「ならば、二人なら十分で終わるな。」
腕時計で時間を確認した斎藤さんが、デスクを回りこんで私のデスクの上から書類をひょいと半分くらい持っていってしまった。
「す、すいません、有難うございます。」
「構わない。」
何から何まで、今日はどうしたんだろう…。
これも妄想の実現?
確かに、誰も居ないオフィスにイケメンと二人きりなんておいしいシチュエーションは誰だって憧れるけど…。
何だこれ、心臓が煩くてタイプに集中できないじゃないか。
軟弱者、こんなんでどうする!水城に笑われるぞ!いやでも、久雨だったら確実に鼻血状況だし!もしかしたら線香まで!?
動転しまくりの私を取り残して、部屋の中に斎藤さんのタイピングの音がカタカタとその凄いスピードで鳴っている。
これでは、私が本当に仕事が遅い女になってしまう、今は集中だ!
カタカタ、カタカタ…、二つ向かい合わせのデスクでキーがタイプされる音が鳴り響いて、本当にちょうど十分後…。
「終わったぞ。」
「はい、私もなんとか…。」
顔を上げると、誇らしげな斎藤さんの瞳に包み込まれた。
集中して良かった…、押し倒されて「いや、だめよ斎藤さん!!」なんて想像ばかりしていたら見れなかった笑顔です!
「では、帰るか。」
「あ、はい。急がなきゃ!!」
パソコンの時計を見ると、終業時刻から三十分以上過ぎている。
あの二人の事だ、楽しい事には目が無いから、今頃はもう待っているかもしれない。
急いでいたからメールも出来なかったし、とにかく急がなきゃ!
慌てて保存をしてからパソコンの電源を落とすと、バッグを持ち上げて肩にかけた私を、斎藤さんが部屋のドアを開けて待ってくれている。
凄い、斎藤さんって帰るのも早いんだ、私のんびりしていたわけじゃないのに…。
って、そうじゃなくて…。
そんな王子様みたいなことされたら、ますます好きになっちゃいそうです。本気に目覚めそう!!
「あ、有難うございます。」
「ああ。」
急いで部屋を出ると、斎藤さんが電気を消して後ろをついてくる。
当然、出口はエレベーターを降りないと無いわけで…。
うん、でもそこまではね、おかしいもんね。流石に、二人きりは無いでしょう、社内だって人が大勢居るんだから。
首を傾げながらエレベーターを待つ私の横で、なにやらそわそわし始める斎藤さん。
どうしたんだろう…、もしかして、斎藤さんも待ち合わせとかあったのかな?
…もしかして、彼女とか!?
「斎藤さん、もしかして急いでましたか!?私の仕事手伝わせちゃってごめんなさい!」
「…?いや、急いでなど居ない。むしろ、残業もせずに帰れて、どうしようかと悩んでいたくらいだが…。」
「え?」
残業していない?
しっかりと三十分残業しましたけど…。
そっか、私なんかと違うんだ、斎藤さんは。
確かに、毎日私が帰る時もパソコンと睨めっこしていたから、もっとずっと長く残業していたのだろう。
私ってば、自分がお気楽OLだってばらした様なものじゃない、ミスった、痛い、痛恨のミスです。
「そうなんですね。毎日お疲れ様です。」
自分の胸の内を隠して微笑んで労いの言葉をかけると、斎藤さんが更にそわそわし始めた。
なんだろう、こんな斎藤さんの姿を見るのも、珍しくて良いかも・・・とは思うんだけど、ちょっと心配になっちゃうんだけど。
と、こっそりと伺っている私の前で、エレベーターが到着した。
開いた扉、四角い箱の中は…人が居ない!!
なななんと!
ど、どうしよう、乗るの?ねえ、乗るのー斎藤さん!?
久雨じゃないけど、鼻血出ちゃうかもしれないよ!?
まみさんだったら、この状況でも空を飛ばずに居られますかーー!?
いや、先日話した限りでは、躓いた振りして斎藤さんに抱きつくとか言ってたから、空を飛んじゃいそうな私とは大違いでハッスルだよ。
「乗らないのか?」
斎藤さんの言葉で現実に引き戻された私は、恐る恐る狭い箱の中へと足を踏み入れた。
く……、私はチキンです、まみさんみたいに大胆にはなれそうもありません、せっかくの好機を無駄にしてしまう私を、どうか神様お許しください!
地面を見て、扉を見て、階数表示が移り変わる様を見ている私の斜め後ろに斎藤さんが居る。
顔すら見れないって、どんだけチキン!!?
「その…、今日はこれから…。」
「え?あ、斎藤さんもこれから何か予定があるんですか?沖田さんや平助君と、とか?」
「……。」
よし、チキンは脱出。
きっかけを斎藤さんがくれようとも、それに答えてこんなに良いスマイルを送れるんだから、チキンの汚名は返上されました。
けど、斎藤さんが沈黙してしまったのは、何故…。
「あの、私も今日は同僚と飲みに行くんですよ。水城と久雨っていう。」
「ああ、いつも一緒に居る二人か。」
「そうです。」
チーーーン…。
会話が無くなりました。
斎藤さんと何を喋ったら良いのか分からない事が判明しました…。
ダメだ、これじゃダメだ。
あー、せっかくのチャンスが……
一階に到着してしまったエレベーターと共に終わった…。
何だ、全然萌えないわ、このシチュエーション。
妄想の練り直しだ、コンチクショウ。
水城、久雨、飲みながら練り直しだぞー!!
「じゃあ、お疲れ様でした。」
「ああ。お疲れ…。」
斎藤さんが相変わらず戸惑ったような表情で、エレベーターを降りて見送ってくれた。
見送ってくれるのは嬉しいんだけど…。
妄想は所詮妄想か、
現実はそんなに上手くいかないって事が分かりました。
だから今日の私は、斎藤さんのネクタイを外す仕草でご飯三杯、日本酒一合いきます!
「まるっ!」
「はひっ!?」
しまったぁー、日本酒なんて考えてたから、返事が裏返ったー!!
恥ずかしいー!
「その…、メールでは伝えたが……、誕生日、おめでとう。」
「へ?」
メールで…なんだって?
「……その、こ、これは、昼に買ってきたもので悪いんだが…」
斎藤さんがバッグの中から取り出したのは、可愛いハート柄の紙袋。
会社近くの洋菓子屋さんの紙袋だと思い出した私へと差し出された袋を受け取ると、斎藤さんは踵を返して出口の逆に向かって歩いて行ってしまった。
斎藤さんが…会社の女子に人気のこのお店で、これを買った…?
わ、私に…??
紙袋を開いて中を見てみると、一番人気のチョコチップマフィンが…!
斎藤さんがマフィン!?チョコチップマフィン!!!?
何それ、エレベーターよりも萌えるんですけど!!
しかも私の為に!?
ぎゃーーーーーーー!!!
水城、久雨!!
今日は日本酒一升コース決定です!!!
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