残業のツケ

朝特有の慌ただしい空気の中、ここだけは独特の空気が流れている。

そして、私はそんなこの場所が好きで、始業のチャイムが鳴ると、自分のデスクで準備を終えるとすぐに訪れる。

それが日課になっている。

日に二度訪れる事もある程、ここの空気は外界とは隔たっていて、一息吐くのにちょうどいい場所なんです。

今日も、その扉を開けて中へと踏み込んで…。

「あ、おはようございます、まみさん。」

「おはよう。…珍しいね。」

挨拶の後にそんな文句が直ぐに出てしまっても、相手は気にした様子もなく笑顔で頷いた。

「今日はうち、会議から始まるんで。出陣前にお茶を出して鋭気を養ってもらって、いっぱい契約とってきてもらわないといけませんからね!」

と、握りこぶしを作って説明してくれたのは、営業課の久雨ちゃん。

久雨ちゃん自身は、営業マンたちのサポート役で内勤だから、いつも会社に居る。

だから、会うことは珍しく無いんだけど、朝に給湯室に居ると言うことが珍しいのだ。

だって、彼女ら三人は、専ら三時のおやつ時間要員だとばかり…。

後は、二日酔いの薬を飲みに集まってくるくらいで、健やかな顔色でここに居る事は、とても…って言ったら、失礼だよね。

「そっかぁ。そっちは会議なんだね。」

「はい。」

人数分の湯呑みをお盆に並べている久雨ちゃんに、用意してあった急須にお湯を入れて手渡した。

そして、自分は新たにカップを二つ出して、そして迷った挙句にもう一つカップを出した。

「まみさんも、今日はお茶出しですか?」

いつもは、自分一人でここで飲んで去って行くことは、既に知られている。

部署の皆は、お昼までの水分補給は、結構買ってきていたりするので、お茶を配るのは三時にまるちゃんが、と決まっていた。

いや、いつの間にかそうなっていただけで、最初から決まっていたわけでは無いんだけどね。

まるちゃんが来てからそうなった、と言った方が正しい。

そして、まるちゃんと水城ちゃんと久雨ちゃんが親しくなったからそうなったんだ。

それまでは、皆好き勝手にお茶を淹れていたし、自分の好きな物を買って飲んでいた、てんでバラバラな行動だった。

それが、このお茶の時間とゆうまったりとしたイベントを皆で過ごすことで、何故か社内のまとまりが良くなった、と、近藤社長は大絶賛していた。

それはさておき…。

「うーん、私はそろそろ来るだろう子のために…かな。」

そう呟いた私へと、久雨ちゃんが視線を向けた瞬間、給湯室の扉が開いた。

鬼の形相をした…。

「のゆさん?」

「今日はまた…どうしたの?」

思わず顔を見合わせて、来訪者のゆちゃんを見つめる。

「あんの…ドS部長めぇぇ!!」

ドスの効いた声でねじり出すように呟いた台詞で、久雨ちゃんの顔色が若干曇った。

そんな久雨ちゃんに気付いて、のゆちゃんが取り繕ったような笑顔に戻って、顔の前で手を振った。

「おはよ、久雨ちゃん、まみちゃん。あれ、久雨ちゃんは皆にお茶出し?」

「はい。会議なので。」

「あー、そっか、そうだったね。御苦労様。」

流石は部長直属の部下。

結構他部署のスケジュールも把握してたりするんだよね。

そんな事を思いながら、砂糖とミルクを入れたコーヒーを手渡して、自分もコーヒーを一口啜った。

「それじゃ、私は行きますね。」

「うん。会議頑張ってね。」

「会議の報告書、待ってるね。」

「はい!」

久雨ちゃんが大量のお茶を持って給湯室を後にしてから、私はのゆちゃんに向き直って苦笑した。

「で、今朝は何を言われたの?」

「うえぇぇん、まみちゃん!!あの人、人前でマジマジと私の事を見て、「太ったか?」って言ったんだよ!しかも、「それ以上太ると、床が抜けるな。」って鼻で笑ったんだよ!!そりゃ太りもするって!冬だっつの!動物は寒さ対策に肉布団を着込むんだっつの!!それにわたしゃストレス溜まると食べちゃって太っちゃうんだよ!ストレスの原因が何言ってくれんだ!!」

それはまた…。

「女性の禁句を、そうズバッと…。」

「もぅ、酷すぎて絶句しちゃったよ…。そのまま部屋飛び出してきた。…あー、皆きっと気まずい空気で仕事してるかも…。」

愚痴を言ったからとりあえず落ち着いたのか、のゆちゃんがそう言いながら給湯室の外へと顔を向けた。

「気になるなら、早めに戻りな。」

「まみちゃん、人事だと思って・・・冷たい・・・。」

「そんな事無いよ。」

そんな事無い。

だって、きっと今頃、そのドS部長はのゆちゃんを探しに廊下を歩いている頃だと思うから。

なんだかんだ言って、そうやって女性と無駄話をする事自体が珍しいのだし、その相手がのゆちゃん限定だって事を、私は知っている。

部の人たちは案外分かってないみたいだけど。

そりゃそうか、あの部署は男性の数の方が多かったんだ。

そんな事を考えながらコーヒーをひたすら啜っていると、給湯室の扉が開いた。

ほら、案の定・・・と思っていたら、あれ、見当違い。

「あ、まみさん見っけ!と、のゆちゃん、おはよう。」

「まるちゃん、おはよう〜。」

「どうしたの?」

するり、と入り込んできた同じ部署のまるちゃんが、人懐こい笑顔で自分もカップを取り出した。

それにインスタントコーヒーを入れてあげると、お湯を注いで飲み始めた。

「朝から来るなんて、珍しいね。」

「はい。課長がまみさんを探してました。」

「それ・・・、コーヒー飲む前に言おうよ・・・。」

とは言いつつ、自分も急ぐ事をしない。

うちの課長はおっとりとしているけれど、仕事はきちんとする人で、早急な事があれば早急だと分かるように指示を出すし、それを破るような社員はうちには居ない。

・・・うちの部署にはね。

「まだ急いでなかったから。探して来ます〜って言って、ちょっと一息がてら、ね。」

ふぅむ・・・。

ここにまるちゃんが来たって事は、部長はきっと来る事を諦めたな。

黙って自分にコーヒーが運ばれてくるのを待っているのだろう。

自業自得、ですよ、流石にね。

女に太った?なんて、人前で言っちゃぁいけません。


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