シンクに突っ伏して、顔を上げられない私に駆け寄ってくる気配がある。

あぁ、悲鳴を上げちゃったのに、平助君てばまだ近寄ってくれるのね・・・。

ごめんね、ごめんね・・・。

でも、それって何とも思っていないから悲鳴を上げられてもショックじゃないってこと?

うぅ・・・、物凄くショック・・・。

「大丈夫か!?お前、来た時から顔色悪かったのに、すぐにどっか行っちまうんだもん。トイレかと思って、探すのどうしようかと思ったんだけどさ・・・。」

「・・・・・・?」

「医務室にも居ないし、一応、ここも探してみようと思ったらやっぱり・・・。大丈夫か?見つかって悲鳴上げるほど、怖いことでもあったのか!?」

「・・・ぇ?」

あの、今、私に影がさしてます。

さっきまで、そんな影なんか無くて・・・、それから、ここはシンクの上に電気がついてて、えっと・・・、真上から覗かれない限り、影は差さない・・・よね?

えっと・・・えっと・・・・・・?

「具合悪いんだろ?そんな所に突っ伏して動けなくなるほどか?」

さっきから、私の髪やら袖やらが、何かに触れられてふわりと動く気配だけは、すごく感じてて・・・。

えっと、熱いのは、バツが悪いわけでも、照れてるわけでも、さっきの興奮の残りのわけでもなくて、なくて、なくて・・・。

「そ、その・・・、悪い、触られんの嫌かもしんねえけど・・・、い、移動の間だけ、なっ!?」

「・・・うん?」

疑問の返事を了承と捉えたのか、私の身体がふわりと浮いた。

「え???」

ってことは、さっきまでの熱は、へ、平助君の体温ってことで・・・・・・!!?

あ・・・、ダメだ、緊張して・・・・・・死ぬ・・・!!

「く、久雨!?だ、大丈夫か!?久雨ーーー!!!?」

耳に木霊する平助君の叫びなど脳内まで伝わらずに、私は暗闇の中のピンク色のハートに吸い込まれていった・・・。


ピンクの・・・、ピンクのハートが・・・、お、襲ってくる・・・・・・。

・・・・・・?

・・・・・・んん?

「あ、平助君!?」

「何だ!?・・・あ、起きた?」

「え?平助君?」

えっと・・・、ピンクのハートが襲ってきて、それで?

何がどうしたんだっけ?

あれ?

「やっぱり、気を失うほど体調悪いなら、会社なんか休めよ。俺がどれだけ心配したか分かってんのか?」

「へ?」

あれ、いつの間にかベッドに寝てる・・・。

「ここ?」

「医務室だよ。今日は帰れ。な。俺、営業に出るついでに送ってくからさ。」

「いや、そんな、(二日酔いくらいで・・・)帰れないよ。」

起き上がって横を向くと、確かに平助君が居て・・・。

「え?時間、平助君、出なくて良いの!?」

「大丈夫だって。仕事よりも久雨の方が心配だったし。」

「・・・・・・あ、有難う。」

平助君の笑顔が、ま、眩しすぎて・・・、後ろめたい私は直視できません・・・。

せっかく、その笑顔を独り占めしているという最高のシーンなのに・・・。

「さ、部長に許し貰って、帰ろうぜ。」

「でも、ホントにもう大丈夫だから。」

「ダメだ。お前絶対無理するから。俺・・・、お前が気を失って、心臓止まるかと思ったんだぜ。」

ふぃ、と横を向いて、拗ねたように唇を尖らせる平助君の頬が、赤く染まっている。

心配・・・してくれたんだ・・・。

私、ただの二日酔いだったのに、あまりの状況にパニックになって失神しただけなのに・・・。

神様、さっきは詰ったりしてごめんなさい、この状況、ものすっごくオイシイデス!!

「さ、帰るぞ。」

先に立ち上がって背を向けた平助君が、それでも手だけは差し出してくれた。

その手に・・・、掴まっていいって、こと・・・だよね?

あ、有難うございます。

美味しくイタダキマス!

きゅっと握ると、思っていたよりもしっかりとした硬さの手が、私の手を包み込んでくれた。

平助君には悪いけど、早とちりしてくれて、有難う。








「あー、まる、おはよ。」

「おはよって、水城・・・、もう昼過ぎだよ。」

「・・・いや、その様子を見る限り、お互い様?」

「ふふふふふ・・・。うん、私も今出社したとこ・・・。さすが久雨だよ、ちゃんと胃薬ある・・・。」

「ホントだ・・・。でも、もう噂でもちきりだよね。あいつ、早退したって。」

「うん。平助君にお姫様抱っこで医務室に強制連行。」

「その後、付き添われて家へ。」

「送り狼とか、超最高じゃない?」

「・・・いやいや、平助君にそんな勇気は無いって。」

「だよね、久雨にもね。」

暗い瞳をした、顔色の悪い女が二人、昼過ぎの給湯室で胃薬を飲み干して、嘆息した。

「「その手があったか〜・・・・・・」」


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