さてと。
一息吐いた私は、一度伸びをしてから立ち上がった。
時刻は三時。
お茶でも淹れましょうか。
お茶係りなんて居ないんだけれど、何と無く三時になると皆へとお茶を配ってしまう私は、給湯室へと向かった。
途中、噂のイケメン集団の原田さんとすれ違ったので、挨拶をしたのだけれど。
何故か何時もよりも暖かい目で見られた気がしたのは、気のせいなのかなぁ?
「はあ?そんな訳無いと思うよ。」
「原田さんは女の人皆に優しいよね。」
給湯室で合流した同僚二人に、私の言葉は一蹴されたけれど…。
ちなみに、三時のお茶を淹れる仕事を誰にも譲らないのは、この二人と話す貴重な時間だから…だったりする。
「あー、やっぱり気のせいか。」
お茶の葉を急須に入れながら、二人へと返事をする私の頭の中は、さっきの斎藤さんの変事を言うかどうするかでいっぱいになっている。
今すぐに言いたいけれど、まだ自分だけで妄想千回分くらい大事にしたい気持ちもある。
それに、夜は三人で食事に行くんだし。
「ね、それよりも、今日の平助君、いつもりよかっこ良いよね!」
久雨、頭の中はそれしか無いのですかー?
「昨日も聞いたよ。」
水城が冷静に突っ込んでいるけれど、これはもう毎日のお約束になっていた。
この後のセリフも勿論決まっている。
「沖田さんの方がかっこ良いに決まってるでしょー。」
はいはい、水城もお約束が好きな女ですねぇ。
で、私へと期待の篭った視線を向けてくる二人に、私が口を開く。
「それを言うなら斎藤さ―――」
「そろそろこのくだりも飽きたよね。別バージョン考えようよ。」
「え!?」
「私のセリフに被せてきたー!」
きゃいのきゃいの言いながら、今日も話に花が咲く。
そう言えば、斎藤さんの衣服の乱れの妄想も、ここから始まったんだっけ。
それで、自分だけに差し入れとか萌えるよねー、とか、エレベーターで二人きりになったら、鼻血出ちゃうとか、そんな話をしていたんだった。
「じゃ、今日は残業無しね!」
「うん。終わったら即着替えるよ。」
「有難うー。楽しみにしてるから。」
それぞれ、人数分のお茶を持って給湯室を出て、各々の部屋へと別れ、私は自分の部所に戻った。
皆へとお茶を配り、まみさんのデスクを見ると、あれ、今は居ない…?
昼までは確かに…と辺りを伺うと、ボードに外出と書かれていた。
出先は藤原物産。
あ、まみさんがこの前話してくれた、泰衡さんて人が居る会社だ。
かなりのイケメンで、声が斎藤さんに似てて、どっちで妄想しようか迷うんだーなんて嬉しそうに言ってた人。
そっか、まみさんみたいに仕事が出来ると、社外でも良い巡り合わせが有るんだなぁ。
って、いやいや、斎藤さんと声が似てるからって、私は斎藤さんだけですっ!
「斎藤さん、どうぞ。」
お茶をそっとデスクに置くと、斎藤さんが振り返った。
いつもなら、振り返りもせずに「すまない。」と言うのに…。
たまたま振り返っただけ??
首を傾げた私を見て、斎藤さんがパソコンの前の箱を取り上げた。
「これを…。」
「え?」
渡されたのは、手の平に乗るくらいの小さな紙箱。
よくみて見ると、どうやら中身はお饅頭。
斎藤さんのパソコンの前に、同じものがもう一つ置かれている。
「これを…?誰かに渡せば良いんですが?」
「いや、あんだに…。」
「わ、私!!?」
思わずひっくり返った声に、皆が視線を注いでくる。
だけど、それに対応している余裕なんて、無い!!
こここ、これはいよいよ夢だろうか…、妄想がまた現実に…!?
なに、何なの!?
まさか、誕生日にちなんだドッキリとか!?
か、カメラ無いですか!?カメラー!!
辺りをキョロキョロと見回し始めた挙動不審な私へと、斎藤さんが優しく教えてくれたのは…
「その、先ほど左之から貰ったのだが、二つ有るし…。いつも美味いお茶を淹れてくれるあんたにでも…と思ったのだが…。」
原田さん、あざーーす!!!
心の中で腰を九十度に折り曲げて原田さんにお礼を言うと、私は持っているお盆に箱を置いた。
「有難うございます。頂きます。」
「ああ。」
私が受け取ったことが嬉しかったのかなんなのか、斎藤さんが微笑んだ。
お盆をひっくり返すかと思う程の動揺を押し隠して、私は自分のデスクへと戻った。
そして、お饅頭の箱を持ち上げて…、にんまり。
いやだよ私ったら、斎藤さんが目の前に居るのに、そんなだらし無い顔なんてしちゃって!
ああ、でも、戻りませんー。
「食べぬのか?」
伺う斎藤さんに、慌てて顔を戻して首を振った。
「た、食べます!頂きます!!」
動転した私、箱を毟り開いて、中のビニール包みからお饅頭を取り出すと、口の中へと一気に!!
ああぁぁぁぁ!!
家に持って帰って、神棚に飾る如くずっととっておこうと思っていたのにー!
お、お、美味しいですコンチクショウ!!
涙を流さずに始終笑顔で食べ終えた私は、もしかしたら女優になれるかもしれない…。
カビが生えようとも、土に還ろうとも、飾っておきたかったのに…。
せめて箱くらい毟らずに開けておけ、自分のバカ!
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