名前は玄関を出て絶句した。
ガラスの靴は履いた途端に割れないか心配だった為に、まだ履いて居ない。
手に持って胸に抱えて前を見たところで、唖然としたのだ。
確かに、これなら馬は必要無い。
目の前に停まっていたのは、黒光りする車。
先頭では馬のマークがシルバーに光って存在を主張している。
見覚えがあるのだけれど、それが一体なんて会社なのかは、車オタクでは無い自分には元から知識が無いために分からない。
しかし、高かったことだけは思い出せる。
しかも・・・、何故・・・現実世界が混在してくるのかが、とても謎・・・。
山崎が腰を折って後部座席のドアを開けてくれた。
広がるドレスを無理やりに押し込んで入る。
空洞になっているスカートが前へと押し出されて視界を遮る…。
運転席に斎藤が居たけれど、果たして運転出来るのだろうか?
「大丈夫ですよ。自動操縦ですから。」
時代錯誤も甚だしい台詞が山南から吐き出された。
心など読めないとか、やはり嘘ですよ…。
山南は化け物です…っ。
「人の事を化け物を見る様な目付きで睨むとは…、ここまでして貰っておいて、失礼極まりないですが…、最後にこれを渡しておきましょう。」
山南は懐に手を差し込んで、例の赤い液体を取り出した。
「危なくなったらこれを飲みなさい。戦士に…いえ、無敵になれる液体です。」
「いえ、結構です。」
「そう仰らずに。アフターサービス満点なんですよ、うちは。」
明らかな営業スマイルで、胸の谷間に小瓶を押し込んでから、山南が車のドアを閉めた。
「一応ルールですから、十二時には帰って来なさい。魔法が解けるように設定してありますからね。」
鬼畜らしい物言いをして、山南がにっこりと微笑んだ。
そして、プラスチックのステッキを降ると、緩やかに車が動き出した。
視界を塞ぐスカートを下へと押して前を見ると、助手席には山崎が座って居た。
斎藤は無表情で座っている。
確かに、何もしている様子が無いのに車は動いている。
自動操縦…。
車が有るなら、何故カメラは無かったのだろう…。
いえ、良いんです、結局あれはコスでは無かったのですから、ただのマイクロミニに改造されたセーラー服になど興味はありませんよ。
と、目の前に有り得ない事が起こった。
文字が浮かび上がったのだ。
けれど、名前はそれを素直に受け入れた。
メルヘンです、これは。
オタクはあり得ない状況だろうと取り乱したりしないものです。
さて…。
しっかりと読んでから、眉を潜めた。

城に行く
湖に行く
帰る

選択肢…?
これは、メルヘンでは無かったのですか?
メルヘンを装った乙女ゲームならば、相手が居る筈だ。
相手…。
現在男として存在して居るのは、斎藤と山崎、そして王子。
王子は城に居るのだから、後二つは斎藤と山崎の事だろうか…、それとも違う人との出会いが?
けれど、名前はすぐに城に行く選択肢に触れた。
王子に会ってみたい。
沖田が王子かもしれない、何故ならば、これは私のメルヘンだからっっ!!
選択肢に触れた途端に、文字は掻き消えた。
そして、クルマは音も無く道を曲がり、お城への一本道へと入って行った。
「ねえ、斎藤?」
「はいちゅう?」
…それはお菓子の名前ですか?
突っ込みつつ、一応喋れるのかと安心して話を続けた。
「王子はどんな人なのか知ってますか?」
「それはもう素敵な方ですちゅう。」
ちゅう、はどうやら外せないらしい。
ギャップ萌えする乙女も居るだろう。
「山崎は知ってますか?」
「勿論ですチュウ。尊敬できるお方ですチュウ!」
力みを感じる返事から、名前の胸に一抹の不安が過ぎった。
何故ならば、この二人から高評価をされるのは、土方だろうから…。
いくら、いくらメルヘンでも乙女ゲームでも、ひなさんを裏切れませんっ!!
「巻き戻しとかロードとか無いのですか!?ああ、しまった!セーブしていないですよ!!」
「巻き戻しちゅう?」
「ロードチュウ?」
巻き戻し中でもロード中でも無い、そのちゅうは紛らわしいですよ!
と言うか、無い?無いのですね!?なんてリスクの高い選択肢!!
今後はもっと慎重に選ばなければ!
あ、と言う事は、沖田の王子姿は見れないと言う事ですか?ですねっ!!?
笑ってやるつもりだったのに、悔しいです!
ここで折り返す為に、ドアを開けようとしたのに、ドアはビクともしなかった。
そして、スムーズにお城の前へと止まると、山崎が車から降りてドアを開けてくれた。
…外からしか開かないようになっている…とか?
ムッとしながら外に出て、名前は城とは別の方向へと歩き出そうとした。
しかし、身体が動かない…。
何ですかこれはっ!
こんな金縛りみたいな状況…、決められた方にしか行けないと言う事ですか!?
縛りを悔しく思いながら歯噛みすると、目の前に再び選択肢が現れた。

城に行く
庭に行く

…王子が土方だった場合、ひなさんに申し訳が立ちません!
誰なのかを確認するまで、行けませんよ!!
と言うわけで、庭に行くです。
庭に行くに触れると、途端に身体が動くようになり、名前はホッとした。
そして、少しだけ興味本位で城の入り口へと近づいて、透明の幕に阻まれた。
成る程、こう言う仕組みですか…。
いえ、問題無いです。
今のは良い判断です。
庭ならば王子も居ないでしょう、しかし、中を覗きこめます!!
名前はちゅう二人組に別れを告げて、早速ガラスの靴を履いて、ヨタヨタと歩き出した。
庭に入ると足元が楽になったのは、芝生でクッションが効くからからだろう。
高いヒールに慣れていない自分が、長いスカートを踏まないように持ち上げてよろよろと歩いている姿は、滑稽以外の何物でもないような気がするけれど・・・、そこは今あえて考えないようにしたい。
何故ならば、今私は主人公だからです!
きっと、リアルで乙女ゲームが出来ます!!リアルと表現して良いのかどうか甚だ疑問ではありますが・・・!!
グッと拳を握り締めて、足元をに落としていた視線を前へと向けて、名前の顔は盛大に引きつった。


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