Trarroria ciliegio7

ホールから悲鳴が聞こえる。

それにもだいぶ慣れた。

最初は何事かと思わず見に行ってしまったけれど、原田さんがお客さんの椅子の背に手をかけて耳元でデザートを勧めていたところだったから、呆気にとられた記憶はまだ新しい。

その奥で、平助君がフレンドリーにお客さんに話しかけて、肩に手を置いたり髪に触れたりしているのも見えたけれど、動かない手には伝票とペン、注文をとっているのだと理解して、正攻法だというそのやり口に苦笑した。

「ほいよ、さくら。デザート追加だ。」

「どれですか?」

サロンで手を拭きながらなるべくホールに見えない場所まで近寄ると、原田さんが身を乗り出して伝票を見せてくれた。

カウンターで仕切られたホールとキッチンだけれど、そのカウンターは上にワイングラスがぶら下がっていて、長身の原田さんは屈んで覗き込まないとキッチンの奥までは見通せない。

さくらからホール側に居る原田さんを見ると、胸から口元にかけてしか見えないことが多い。

千鶴ちゃんと平助君とは目が合う…と、平助君には言えないけどね。

「オレンジチョコレートケーキと、金平糖ゼリー。」

「ちょっと左之さん、僕の金平糖残して置いてよ。」

「客に出す分優先に決まってんだろうが!嫌なら金払って食え。」

「嫌だね。お金払って食べるなら、こんな店で働いてないよ。」

ディナーの営業は、ランチと違って余裕があるから、殺伐とした雰囲気にはならない。

まぁ、一気に来店されれば一瞬で戦場に変わるんだけどね…。

「オレンジチョコレート…。」

ふと、永倉さんが焼けたピザをカウンターに起きながら呟いた。

「はい?」

お皿に盛り付けて居る手を止めて顔を上げると、ピザを受け取った原田さんも屈んで覗き込んでいた。

目が合うと何故だか軽くウィンクされたんだけど、さては今日は原田さんにとって暇なんだな…。

私にとってはまだ余裕が無いせいか、今日も結構忙しいんだけど…。

「食いてぇ…。」

「なんだよ、深刻そうに言うから何かと思ったぜ。」

「新八さんの深刻なんて、そんなもんでしょ。」

「あんたも同じ事を言っていたはずだが…?」

「僕は別に深刻に言ってないしね。」

「んじゃ、これ持っていくぜ。」

原田さんがカウンターを去ると、入れ違いで千鶴ちゃんが戻ってきた。

境い目のカウンターではなく、もうひとつホール寄りのカウンターでドリンクを作るらしく、ポットのお湯の残量を確認してから振り向いた。

「お湯の追加お願いします。」

「承知した。」

斎藤さんが鍋にお湯を沸かす準備を始めた。

出来上がったケーキとゼリーをカウンターに持って行くと、千鶴ちゃんが嬉しそうな顔をしてさくらを見た。

「さくらさん、デザートの売れ行き良くなりましたね。やっぱり美味しいってみんな分かってくれたんですね。」

「千鶴ちゃん…」

笑顔がキラキラ輝いている。

「あんたぁ天使かねホント…。わしゃ涙が出てくるよ。」

「さ、さくらさん?」

味で勝った訳じゃないという引け目を感じていた自分がくだらない生き物に見えてくるよ。

「馬鹿なこと言ってねぇで、デザート終わったなら洗い場に戻れ。千鶴も、さっさと運べ。」

「はぁい。」

「はい。」

二つの声が重なり、千鶴ちゃんがデザートを持って去って行く。

「あーあ、ホールが居ないのにお湯が沸いちゃったね、一君。」

「…む。」

洗い場に戻って皿洗いに勤しんでいるさくらの耳に、沖田さんの揶揄する言葉が聞こえた。

斎藤さんが土方さんみたいに眉間にシワを寄せたまま、鍋を持ってホールへと出て行く。

途端に、店内がざわめいて、シャッターが切られる音まで聞こえてくる。

一般のお客さんが驚いてしまうからやめて欲しい、と従業員がボヤくイベントの一つだ。

滅多に出てこないキッチンの人がたまに出ると、従業員目当ての客がざわめくこの現象。

「あーあ、一君てば固まっちゃって、お湯がこぼれちゃってるよ。」

「だったら行ってあげればいいのに。お湯が勿体無い。」

「…さくらちゃんさ。」

「はい?」

「君が行けば良いんじゃない?」

沖田さんの提案に、フライパンでチキンカツを揚げている土方さん、ピザ生地を伸ばしている永倉さんがさくらを見つめて来た。

このイベントに一番辟易しているのは土方さんだから、期待が込められた視線も分かるけど…。

「嫌ですよ。ナイフやフォーク投げられたら、私投げ返しますよ。」

「投げられたら嫌だからじゃなくて、投げ返すからやらないんだ…。」

呆れ声の沖田さんを見返すと、にやにや笑いで見つめられた。

「本当に君の反応って…。」

「何ですか?」

「べっつにぃ。一君、お疲れさん。」

はぐらかされて気になるけど、突っ込むとややこしいから…いーや。

洗い物に戻るか、と俯いたその時、ふとオレンジの香りがして顔を上げて辺りを見回すと、平助君が紅茶をカップに淹れているところだった。

「それ、オレンジティー?」

カウンターに駆け寄ると、平助君が振り向いて頷いた。

「ちょうだい!」

「はあ?」

素っ頓狂な返事がホールに響く。

「何言ってやがる、水でも飲んどけ。」

チキンカツをカウンターに置きにきた土方さんに凄まれたけれど、関係ない。

「違う、飲みたいんじゃなくて!飲ませろって言ってるんです!」

「同じじゃねえか!」

「いたっ!」

頭をはたかれて土方さんを恨めしく上目遣いで見ると、水道水を渡された。

「ほら。」

「有難うございます。」

なんで怒ってるくせに気が利くかな…。

でも、そうじゃなくて!

平助君はとっくにオレンジティーを持って行ってしまってる。

「あぁもう!」

貰ったお水はとりあえず喉が渇いていたのも事実だから飲んでおいて。

さくらはホールに飛び出した。

刺さるような空気と、剣呑なざわめきが巻き起こるけれど、気にせずにオレンジティーを自分で淹れる。

と、「何してやがる!」と囁くような注意をして、土方さんも飛び出してきた。

腕を掴まれてキッチンへと連行される様がホールに披露されて、悲鳴がそこかしこから上がった。

それでも、さくらの手にはしっかりとオレンジティーが注がれたカップと、パッケージが握られている。

「フォークとナイフは飛んで来なかったね。まぁ、阿鼻叫喚って感じにはなってるけど。」

「またネットが炎上するかもしれぬな。」

「さくらちゃん、そんなにオレンジティー気に入ったのか?」

「何考えてやがる!!」

理解が出来ない様子で土方さんが怒鳴るけれど、さくらはお構いなしにオレンジティーを一口啜った。

「怒鳴ってる土方さんを前に、堂々と盗み飲み出来るって、本当に尊敬に値するよね。」

「そうゆう問題では無いと思うが…。」

「何だ?どうかしたのか?」

「いーから、それ早く持って行け!」

平助君の疑問を一蹴して、腕を組んで凄む土方さんを前にしたまま、さくらはパッケージを見て説明を読み、ティーパックを上げて中身を見て、紅茶の中に破って中身を確認して。

そこでようやく土方さんを見た。

「やっぱり苦い。」

「はあ?」

紅茶に何かあるのか、と好意的に考えて怒るのを待っていてくれた土方さんが、間抜けな声をあげて口を開いたまま、立ち尽くした。

「ぶっ…くくくくく…!ほ、ほんと、さくらちゃんて…くくくっ」

キッチンの中の物音は、沖田さんの笑い声だけだった。




[*prev] [next#]



-top-



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -