Trarroria ciliegio6
その日から、デザートの注文数は確実に上がった。
そして、ネットも賑わい出した。
『あれって卑怯だと思うよね!』
『断れるわけ無いじゃない』
『味なんかどうでもいいんだってば!』
味なんかどうでもいいだと…?
よくない!いいわけがない!
こっちはプロとして、最高の味を常に出せるように日々努力してるんだっつの!!
肩を怒らせて拳を震わせるさくらの肩が、ポンと大きな暖かい手で包まれた。
「ま、ちっと落ち着けって。」
「そーそー。味なんかどうでもいいって事は、味は問題無く美味いって事じゃんか。」
「味に文句を付けられないが故に、方法に難を示して居るのだろう。」
顔を上げると、原田さんがエロスマイルで湯気の立つカップを差し出した。
っと、もうエロで定着しちゃってるんだけど、原田さん、それでいいですかね?
「有難うございます。っ…これ、オレンジの香り?」
「ああ。オレンジティーだ。」
「良い香り。」
「リラックス効果が有るんだろ?」
「そうですね。」
一口すすると、香りはオレンジなんだけど、味はただの紅茶…と言うか、なんか苦味?えぐみ?が口の中に広がる。
「これ、お店で出してるんですか?」
「ん?出してるぜ。結構人気だけどな。」
真正面に座って、自分はコーヒーをすすりながら原田さんが答えてくれる。
そう言えば、ここの人たちはコーヒー党の人が多い…?
「この紅茶って、ランチの残りですか?」
「いや、今淹れた。ぬるかったか?」
「いえ、そうじゃなくて…」
ランチの紅茶は、淹れるのに時間が惜しいから、ポットに作り置きしている。
コーヒーも作り置きをずっと温めているから、どうしても最後の方は苦くなって来てしまうけれど、ランチのドリンクはセット価格で安いから、そこは仕方が無いとして…。
「苦いです。」
率直な意見を言うと、隣に座った平助君がカップを寄越せと手で合図してきた。
素直に渡すと、カップが順繰りと回されて行く。
「こんなもんだろ?」
「いつもと変わらねえと思うぜ。」
「確かに苦いが、こうゆう味なのでは…?」
三人が三人とも、この味を普通だと言うことは、私が間違っているのだろうか…。
不安に思いながら首を傾げていると、美味しそうな匂いと共にキッチンから三人が出てきた。
今日のご飯はピザだ!
…一枚になんだか分からない良からぬ予感が乗っているのは、何故だろう…。
しかも、嬉しそうに目を細めてそれを私の前に置くのは何故…。
「さくらちゃんはこれしか食べちゃダメだからね。」
そう言いながら沖田さんが隣に座った。
悪寒が走ります、死の宣告を受けました。
「この散らばった黒い粒は何ですか?山椒…ぽくも無いし…」
「食べてみてのお楽しみだよ。」
「チーズは乗ってないんですか?」
「乗せても良かったんだけど、土方さんがウザいくらいにダメ出ししてくるから仕方なく。」
「珍しく言うこときいたんですか?」
「まぁ、風味が混ざるのも嫌だったしね」
「トマトソースじゃ無いんですね」
「ジェノベーゼの方が合うかなーとおもってさ。」
「このカリカリの葉っぱは?ほうれん草?」
「まさか。ローリエだよ。僕ってばやっぱり天才だよね。」
とても嬉しそうな沖田さんにそれ以上何も言えなくなったさくらへと、土方さんと永倉さんから哀れみを込めた目が向けられた。
しかも、一番遠い反対の端に陣取っていると言うことは、食べたくないと言うことなのだろう…。
それを察して、さっさと他の二つのお皿からピザを両手に持つと言う荒技を披露した原田さんが視線を合わせてくれない。
それに乗り遅れて、片手が空いている斎藤さんと平助君の手に、沖田さんが素早くピザを乗せた。
「平助君も、一君も、どうぞ。」
「あぁぁあぁあ、ああ。さ、サンキュー?」
「…いや、俺は…。」
「どうぞ。」
笑顔の瞳が笑って居ない…。
「…かたじけない。」
見つめられて、一口かじった二人が黙ったまま咀嚼を続けて居る。
飲み込む音が聞こえて来ない、噛む度にガリ、パリ、と音がする。
「はい、さくらちゃんも。」
「あ…りがとう…ございます。」
恐る恐る口に入れると、ジェノベーゼの香りが良い感じに漂うのに、焦げたローリエと、焦げた何かの塊…。
苦っ、痛い、な、なんか、甘い…?
ま、まさか…。
「金平糖…?」
「あったりー!へぇ、さくらちゃんの舌って、結構当たるね。舌の記憶って言うの、それ?」
「…そ、そうなの…か?」
沖田さんの周りに有る物を想像してみただけなんだけど…。
「お前、よくこれが金平糖って分かったな…。」
「言われてみれば、ほのかな甘みも有るような…。」
とにかく、ジェノベーゼがベースになっているお陰で、ほぼ焦げた味しかしなくなって居たことも助けになって、渡されるピザを全て食べることが出来たのは万歳すべきだろう…。
なんだろ、今日はやけに苦味に縁があるな…。
「最近どうだ、デザートの売り上げは伸びてるが…。」
そう尋ねられたのは、ディナーのデザートを作っている時だった。
一人でキッチンで作業をしている時に気配を消して近寄らないで欲しい…、ビックリして生地が顔に飛んできたよ。
拭う余裕もなく振り返ると、土方さんが一瞬目を見開いてから、眉間にシワを寄せて手を上げた。
その手が、目の下に飛んだ生地を優しく拭ってくれた。
フライパンを握る手は、大きくて硬いけど暖かくて、またビックリした。
「…あ、すいません、有難うございます。」
手の甲で拭っても、もうそこに生地は無かった。
自分で拭ったのに、拭われた感触が消えない。
「どうなんだ?」
「好調ですよ。ネットでは、あのやり方は卑怯だって言われてますけど。」
「はぁ?正攻法だろ。原田が耳元で囁こうが、平助が肩に手を回そうが、店の知ったこっちゃねえ。誰々はこのケーキが好きだとか、そうゆう情報だって嘘じゃねえ。店としちゃ、ただの販促行動だろ。」
「そうですけど…、味で勝ったわけじゃ無いから、なんだか複雑です。」
原田さんに囁かれたら、そりゃ頼むっしょ。
平助君に肩を抱かれたら、やっぱり頼むっしょ。
好きな人の好きな物は食べてみたいっしょ。
確かに、卑怯なやり方な気もするんだ。
「味がマズイって投稿で溢れてんのか?」
「ネットですか?」
「そうだ。」
「そうゆう書き込みも有りますけど、最近は触られただの囁かれただの腰砕けだのの方が多いですね。」
「だったら、美味いんだろ。」
「そうなんですかね…」
「嘘でも不味いって書ける程度の味なら、不味いって文句で溢れてんだろ。それがたいして書かれてねえんなら、嘘でも不味いと書けねえくらい美味いんだろ。」
「そんな都合のいい…」
「都合良くても、いーんだよ。お前は俺たちが満場一致で選んだパティシエなんだ、自信持ってろ。」
「あ…はい!有難うございます!」
言うだけ言って去って行く背中に向かって、さくらは笑顔でお礼を言った。
なんだこれ、苦いのに甘い、今日のピザみたいだ。
よし、今日のケーキは予定変更、オレンジチョコレートケーキにしよう!
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