節分拍手 2014
「っち、世の中ふざけてやがる…」
毒を体内から吐き出すように、忌々しげに呟かれた台詞に、思わずクスリと笑ってしまうと、吊り上がった瞳で射殺すように睨みつけられた。
「てめぇ、いい度胸してんじゃねぇか。」
「はいはい、毎年毎年、よくも飽きずに同じ台詞が出てくるね。」
「産まれてきてからずっと、今日という日が嫌いなんだよっ。」
「分かってるって。」
隣の、ダウンのポケットに手を突っ込んで、背中を少し丸めて高い背が少しだけ低くなっている不知火は、最高に機嫌が悪い時の顔で、まるで世界を威嚇するように歩いている。
「でも、お陰で私は匡に出会えたんだけどなぁ〜。」
世間はバレンタイン色が濃く、街中の店も可愛らしくハートで飾られていたりするのに、不知火はその前に必ず来る、日本の伝統文化が大嫌いで仕方が無いらしい。
「はぁ?てめぇと会えた位で相殺される程のほほんと生きてきてねぇんだよ。」
「言ってる意味が全く分からないんだけど…。」
「てめぇの価値なんか米粒一つ分も無いって言ってるんだよ。」
「八つ当たりなら百歩譲って許してあげるけど、本気だったら殺す!」
ギリッと奥歯が鳴るほど噛み締めて、スーパーのビニール袋の中から、私は一つの袋を取り出した。
それを素早く開けて中身を握り出して振りかぶったところで、呆れ顔の不知火と目があった。
「それをどうするつもりだ?こんな往来で、まさか大声出して撒き散らすつもりじゃねぇだろうなぁ?」
「そのつもりだけど。」
ニヤニヤ笑いながら挑発してくる不知火に苛立ちながら肯定すると、はっと息を吐いて視線をそらされた。
「馬鹿馬鹿しい。こんな行事なんか、消えて無くなれっつの。」
「何、何事もなかったかのように流してんのさ!取り消せ!さっきの台詞、取り消せ!!」
更に大きく振りかぶって威嚇すると、不知火が肩を竦めた。
「そんな恥ずかしい事が出来るんなら、やってみろ。」
涼しい顔で挑発されて、私は腹立たしさのピークを迎えた。
振りかぶった手をフルスイングして、手の中の粒を思い切り不知火に投げつけた。
「鬼はーーー外ーーーー!!!」
私の声に、バラバラと不知火に当たって弾けて地面に散らばる豆に、起こっている状況に驚きの声が周りから漏れ聞こえてくるけれど、私はお構いなしだった。
「うわっ、馬鹿野郎!本当にやる奴がどこに居んだよ!」
「うるさい!この、鬼め!人のこと無価値とか言いやがって!鬼は外!!鬼は外!!!」
「捲くなっ!やめろ!迷惑だろうが!!」
「何が迷惑だ!今更常識人振りやがって!常識人なら彼女を米粒以下とか言わないんだよ!」
「あーった、わぁったよ!とにかく、こっちに来い!」
袋から豆を取り出して撒き散らす私の手を掴んで止めると、そのまま肩に担ぎ上げて、不知火はその場を駆け出した。
「離せ!あんたなんか嫌いだ!鬼の風上にもおけない奴め!」
ジタバタと暴れる私の抵抗も虚しく、軽々と走る不知火は、そのまま家の中に駆け込んで、そこでやっと私を下ろして、頭に手を置いた。
そして、息を盛大に吐き出してから私の顔を見て、ギョッとしたように瞳を見開いてから、膝をカクンと折ってしゃがみ込んだ。
「俺の口が悪いのは今に始まったことじゃねぇだろう…。んな事くらいで泣くなよ。」
「んな事くらい!?彼女を米粒以下扱いするのが、鬼の世界のんな事くらいなの!?人間なんて馬鹿だチョンだ言ってるけど、鬼の方がよっぽどじゃない!!それとも、私が人間だから米粒以下ってことなの?人種差別!?」
「あーもー、悪かったよ、虫の居所が悪くて、八つ当たりした。おめぇは米粒以下なんかじゃねえって。今時、節分で『鬼は内』とか言ってくれる、珍しい人種だよ。」
「鬼は内は、別に今関係無い。」
「だから…、鬼と分かって受け入れてくれるような、いい女だって意味だよ。分かれよ、長い付き合いなんだからよ。」
こっちを見ずに、頭を掻き掻き言い訳する不知火の脳天に、袋に残った豆を逆さにしてバラバラと、振りかけた。
「人がちゃんと謝ってんのに何しやがる!」
ギロっと睨まれたけれど、私は冷たい瞳のまま、更に眼光鋭く睨み下ろした。
さすがの不知火も気圧されたらしく、グッと声を詰まらせた。
「長い付き合いだから、分かれよ、だって?どの口がそんな事言うの?匡はいつもいつも何も言わないじゃん!好きも愛してるも言わない、ご飯作ったって美味しいも言わない、ありがとうだって言わない!それなのに、分かれよ?何をどう分かればいいわけ?何にも、なぁんにも分かんないよ!!」
「んなもん、男が言うことじゃねぇだろう。」
「そんな古臭い男だから、たかが節分なんかを産まれた時から憎めるんだよ。あれは無病息災を祈るお祭りで、別に鬼と言う人種を迫害してるわけじゃないでしょ!それを、匡ってば、毎年毎年………。」
「…悪かったってば。」
小さな声で呟かれた言葉にも耳を貸さずに、私は手に持っていたスーパーのビニール袋を突き出すように渡した。
「もぅいい。別れる。米粒以下の女なんか、どうせ匡にとってはただの飯炊き女なんでしょ。他にいい女なんか五万と居るでしょうし。匡なら引く手数多でしょ。私は好きも愛してるも言いたくないような女なんだろうし?」
「っな!?」
「次は米粒以上の女を探して下さい!じゃあね!」
ビニール袋を受け取らない不知火に痺れを切らして、その場に置いて踵を返すと、後ろから不知火が羽交い締めにするように抱きついてきた。
「悪かった!本当に悪かったってば!機嫌直してくれよ。なっ!好きだも愛してるも、言えるようにすっから、なっ!」
「今更…言えるようにならなきゃいけない程度にしか思ってないって事?」
「違ぇって。俺の性格の問題だ。んな小っ恥ずかしい台詞、そう簡単に言えねぇんだよ。けど、努力する。言えねぇけど、思ってるから一緒に居んじゃねぇか。なっ、別れるとか、勘弁!」
抱きついてくる不知火の腕の力がどんどんと強くなり、勘弁、と思っているのが実感出来るような気がした頃、ようやく後ろを振り向くと、いつも強気で人を小馬鹿にしたような表情の不知火の顔が、情けなく歪んでいた。
「本当に努力する?」
「ああ。」
「じゃ、一日一回言ってくれる?」
「ゲッ…!」
「ゲッ…?」
「あー、いや、努力…します。」
「じゃあ、しばらく別れるのはやめてあげる。」
「しばらくってなんだよ…。」
拗ねたような顔で睨みつけてくる不知火の顔が近づいてきて、私は瞳を閉じた。
重なる唇の熱がすぐに離れても、近づいた顔はなかなか遠ざからない。
「あー、でも、これなら一回だけで十分な台詞だろ。」
「何?」
「結婚しようぜ。」
「…!?」
ポカン…と、何ともアホらしい顔を晒して不知火を見つめると、強気を取り戻した不敵な笑みの不知火が、「ん?」と、返事を催促してくる。
「そ、え、は、反則…だなぁ。」
「何がだよ。返事は?」
「今後の努力次第で。」
「はぁ!?何でだよ!」
「幸せになる為の結婚でしょうが、幸せになれるかなれないかも分からないのに、簡単に承諾出来ないよ!」
「幸せになれねぇってどうゆう意味だよ!」
「じゃあ匡は幸せになれるの?」
「俺はなれるに決まってんじゃねーか!」
売り言葉に買い言葉で、自分がかなり小っ恥ずかしい台詞を吐き捨てたことに気付いた不知火が、苦虫を噛み潰したような顔をして俯いた。
その頬が若干赤く染まっている。
「とにかく…、愛してるから、ちゃんと愛してるから、結婚しようぜ。」
「…うん。分かった。結婚する。」
不服ながらも、私の返事に満足したのか、不知火が靴を脱ぎ捨てて床のビニール袋を持って部屋に上がった。
そして振り返って、私へと手を差し出してくる。
私は笑いながら、ブーツを脱いで不知火の手を握り返して部屋へと上がった。
薄桜鬼 二次 不知火匡
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