思い

二人の間には、何も生まれなかった。

ただ、私があなたに恋い焦がれて、あなたを追っただけ…。

ふいに頬を伝って流れ落ちた透明な雫すら、あなたは目をそらして背を向けてしまったの…。

「すまない、もう行かねばならぬ。」

そう一言を残して、あなたはピンと伸ばした背中全体で私を拒絶した。

手も伸ばせなかった…。



あれは、斎藤さんが鳥羽伏見へと旅立っていく数日前だった。

私はまた涙を拭いながら目を覚まして、あなたの面影を探すかのように窓の外を眺めた。

桜が何度咲いただろう…。

何度も季節が巡っても、私はあなたを忘れられなかった…。

西本願寺を訪ねて、間違えて新選組屯所へと足を踏み入れてしまった私を、土方副長の尋問から助けてくれて、家まで送ってくれたのが縁で、それからも何度か私はあなたを訪ねて屯所へ行って…、いつも表情を変えずに困惑したように、「ここはあんたのようなおなごが来る場所では無い。」と、追い返されて…。

ならば、と、斎藤さんの巡察にくっついて歩いては、「巡察は何が有るか分からぬ。危ない故、即刻引き返してはくれぬか?」と、斎藤さんにしては遠慮がちに注意をしてくれた。

ただ会えることが嬉しかった幼い私の恋は、実ることが無かったけれど…。



「また泣いて起きたのか?」

そっとかけられた声、私の頬を骨ばった細い指が優しく拭ってくれた。

「夢、見るのが癖になってるんですかね…。」

「心配せずとも、俺はここに…、あんたの横に居る。」

「はい。」

頬を拭い続けてくれる手を握って、隣に眠るあなたに、私は身体をすり寄せてぴたりとくっついた。

途端に全身を緊張で強張らせて、握った手まで力が入ってしまうあなたに、私は微笑んだ。

「生きていてくれて、本当に良かった…。」

「あんたも…。とんだ跳ねっ返りだな。」

ふっと息を吐き出して微笑んだあなたの身体からも力が抜けて、私を抱き寄せて腕の中に閉じ込めてくれた。

「あんたがここに居た時は、本当に驚いた。似ている別人だと思ったものだ。」

「会いたい一心だったんです。だって、私はまだ思いも伝えて居なかったんですから。」

何度目かの桜が散った頃、私は意を決して家を飛び出した。

斎藤さんが会津で散ったと噂が飛び交い、存命だと風の便りに聞き…。

どちらにしても、居ても立ってもいられなかったのだ。

一人で会津を目指し、辿り着いたこの場所で、何日も探し回り…。

会津には居ないのだと聞かされて、斗南を教えてもらった。

存命だと分かったら、行くしか無いとしか思えなくなって居た。

「あなたが好きなんです。愛してます。伝えずには居られなかった。受け入れてくれなくても、伝えなければ諦めることさえ出来なかった…。」

言うと、あなたの抱き締める力が強くなった。

「諦める必要などどこにも無い。俺も、あんたを忘れられなかった…。慕ってくっついてくるあんたが可愛いとは思っていたが、それが愛だと気付くことは無かった。…あんたが俺を探し当ててくれるまで、俺はあんたを愛していることを、ずっと心の奥に封印していただろう。」



斎藤さんを見つけても、駆け寄ることが出来なかった。

ただ呆然としてしまって、本当に生きていてくれたことがただただ嬉しくて、その場に立ち尽くして泣き出した私を、斎藤さんの方から駆け寄ってきて、抱き締めてくれたのだった。

あの時は温もりの意味が分からなくて、その後にくれた口付けで、私は二度泣いた。


斎藤さんが、指を絡めて手を握りしめて、私の指に唇をつけた。

「もう、泣く必要など無い。俺はあんたを、一生離さない。」

「斎藤さん…。」

「あんたを好いている、愛していると気付いたのだ。もう、この感情に蓋をする必要も無いのだから。」

「はい。私も、愛しています。」

何度も、泣いて目覚める私に、飽きもせずに宣言してくれるあなた。

最初は何かの冗談だと思ったけれど、冗談なんか言える人ではないもの。

だから、信じてる。

あなたを追って、追って、何も生まれなかったと思っていたけれど…。

ちゃんと、二人の間には確かな想いが育っていたのね。


信じて追い続けて、本当に良かった。

「あんたを、一生離さない。」

何度も、口下手な斎藤さんが告げてくれる言葉は、全てが信じられる。


あなたに会えて、私は本当に幸せです。




薄桜鬼 二次 斎藤 一

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