その日の帰りがけ、私はエレベーターで沖田くんに腕を掴まれ、気分はまるで囚われの宇宙人…。
「放してください、また私を恥ずかしい目に合わせる気ですか…。」
「恥ずかしい目とは…、総司、何をした…。」
背後に静かに佇む斎藤くんが、沖田くんに問いかける。
呆れを含んだ声が、初犯ではないことをまざまざと物語っていた。
沖田くん、色んなところで色んなことをやらかしてくれてるからな…、昼だって、お説教に呼ばれていたのに、そのお説教の場を作らずに再びやらかすって…。
「あれは、のゆちゃんが意地になって引っ張るから、思っていたよりも吹き飛んだだけの事でしょう。」
後で謝るとか言ってなかったかこのやろう…、そんな人のセリフとは思えないんだけど。
睨む私に、ニヤリと笑みを向ける沖田くん。
「吹き飛ぶ…、総司、女子に対して何をした…!?」
さすがの斎藤くんも、度肝を抜かれるセリフだったらしい。
そりゃそうだ、フェミニストの斎藤くんからしてみれば、女性を吹き飛ばすなんて言語道断…いやまて、そもそも会社で人を吹き飛ばすこと自体が言語道断だってば。
「だからさ、お詫びに飲みに行こう。」
「結構です!帰らせてください!」
「まーまー落ち着いて。あ、のゆちゃんさ、湿布臭いのが気にならない居酒屋が良いかな、焼き鳥とかどう?」
「サラリと失礼な事言いましたよね!?しかも、それ沖田くんのせいだから!」
「後ろに人が居ない席にしてもらおうね、結構臭うよ。」
「…ああ、のゆが湿布をしていたのか。」
「…!!?ご、ごめんね斎藤くん!後ろに居ないで!前の方がまだ臭わないから!」
「いや、構わない。薄荷の匂いは結構好きだ。」
慰めにもなってないから!!
いや、慰めているつもりもないんだろうな!
「じゃ、早く行こう、のゆちゃん、はじめくん。」
「ああ。」
斎藤くん、当たり前のように頷いてるけど、なに、こんな状況当たり前すぎて、拒否している私の様子に気づいていないとかないでしょね!?
ズルズル引きずられながらエレベーターから出た私たちは、そのままズルズルと引きずられるように、会社近くの焼き鳥屋さんへと入った。
そして、一番奥の隅の席へと座らされた私は、湿布の匂いとともに逃げ場を失った。
「ね、土方さんとはどうなってるの?お見合いは成功したんでしょう?」
沖田くんてば、一年も前の小さな事故を未だに引っ張り出してからかってくれる。
私の中では、既に終わった事だと言うのに…。
「お見合いなんじゃなくて、ただちょっとタイミングを考えずに趣味を聞いちゃっただけでしょ。」
口を尖らせて抗議するのに、余裕の笑みで軽く流されてしまう。
「ね、僕が去ってから土方さんとなにをしていたの?部長のスペースから飛び出して部屋を出て行ったって聞いたよ。何かされちゃった?」
「されてません!!」
むしろ、自分がしそうになったから逃げ出したんだもん!
「じゃ、しちゃった?」
「してないってば!!」
未遂だってば!
全く、いちいち人の思考を読むような事聞いて…、なんなんだろうね、この人は…。
沖田くんの質問攻めをかわしながら、まるでヤケ酒のようにサワーを飲んでいた。
奢りだと言うのだから、飲んで食べて思い切り奢られてやる。
相当お腹いっぱいで、もう食べれない、飲めない…と、テーブルに前のめりになっている私に、沖田くんがスマホを差し出した。
画面にはメールが表示されている。
きちんと送ってやれ。
とだけ入っているメールを読ませてどうしたいのだろうか…。
「なに〜?これがどうかした?」
「自分が送る、とは言わないもんだね。」
「なんの話?」
「ね、はじめくんも知ってるでしょ。」
「何をだ。」
突然話を振られても理解できないと、冷静な瞳が告げている。
「土方さんが、のゆちゃんを専属にしていかがわしい事をさせているって噂。」
「…俺が聞いた噂は、のゆが部長を独り占めするために、ほ、ホテルに連れ込んだ…とか。」
それまで顔色を変えずに様々な日本酒を嗜んでいた斎藤くんの顔が、一気に赤くなった。
て、冷静に分析している場合じゃないかも…、一気に酔いが覚めた。
「何、その噂…?」
「ま、本人は知らないよね。」
「なに、どういう事?」
「どうもこうも…。」
さぁ、と肩をすくめてみせる沖田くんに、首を傾げる斎藤くん。
「のゆちゃんの身に、覚えは?」
「あるわけないでしょ、なにもされた事ないし、したこともないって。」
ふぅん、と呟く沖田くんの瞳が、面白そうに半分に細められた。
「こんな噂がたって、土方さんもさぞ手を出しづらくなったことだろうね。」
小さく呟いた沖田くんの言葉は、私の耳には届かなかった。
そんな噂が流れているなんて全く知らなかった…、部長に申し訳なくて仕方がない…。
なんで、どうしてだろう…、私が、何かそんな噂になってしまうような態度をしていたのだろうか…。
顔を青くして黙り込んだ私に気づいて、沖田くんがデコピンをお見舞いしてきた。
「った、痛いよ!」
「そもそもさ、あの怖い土方さんに平然と接する女の子が珍しいんだって。しかも、悩みの相談とかもしちゃうし、ね。普通、この会社の女の子の悩みって、部長が怖くて近寄れないんですけど…とかだからさ、土方さんになんて相談しないでしょう。」
素直に頷く私に、「でしょう。」と再び。
「まぁだから、土方さんものゆちゃんを可愛がっているのは本当だと思うんだよね。女の子に懐かれて嬉しくない男は居ないよ。」
「可愛がるって…、まぁ、部下としてでしょうけどね。」
異性として可愛がられるとは思っていない。
けれど、部下として可愛がってもらっているかと聞かれれば、もしかしたら可愛がられている部類に入るのかもしれない、と思える。
思えるって、図々しいな、自分…。
「異性としても可愛がられていると思うけどねぇ、うん、ほら。」
再びスマホを見せてくる沖田くん。
画面には、今行く、という短いメール。
「だから、そのメール、なんなの?」
「すぐわかるよ。」
そう言いながら入り口を指差す沖田くん。
私が指につられて入り口を見ると、少し遅れて、お客が入ってきた。
店内を少し見渡してから、こちらに向かって歩いてくるその客は、土方部長…。
「呼んだってこと?」
「違うよ。」
「え?でも来てるよ?」
わけが分からず首を傾げる私の横に土方部長が立つと、腕を掴んで立たされた。
「お疲れ様です。」
とりあえず、理解できないながらも挨拶をすると、部長は不機嫌さを隠そうともせずに深い深い溜息を吐き出した。
「総司、こいつは連れて帰るからな。」
「はいはい、どーぞ。」
何かを含んだいやらしい笑みで、私たちに手を振る沖田くん。
斎藤くんは部長に向かってお辞儀をしているだけ。
「斎藤、悪いな。これ以上総司に悪さをさせないようにな。」
「はい。」
「はいって、酷いなぁ、はじめくん…。」
ブツブツと文句を言う沖田くんに、小言を返す斎藤くん。
そして、部長に引っ張られて歩かされる私…。
えーと、理解が追いつかない。
店を出て、喧騒から逃れた私は、部長を見上げて首を右に左に傾げるばかりだった。
相変わらず仏頂面で不機嫌さを隠そうともしない部長、そんな部長がなぜ自分を連れてと言うか引っ張って歩いているのだろう、そもそもなぜ店に…?
駅のホームで電車を待つことになって、やっと歩みを止めた部長。
私は不機嫌オーラの部長に恐る恐る聞くことにした。
「あの、なんで部長があの店に?」
「総司に教えられた。」
「教えられて、合流までは分かるとして、なんで私は今、部長と共に電車に乗ろうとしているのでしょか。」
「総司の悪巧みが、どこまで本気なのか分からなかったから、一応な、保護しただけだ。」
「悪巧み…。」
また、知らない間に何か企んでいたのだろうけれど…。
「沖田くんの悪巧みって、なんですか?」
「気にするこたぁねーよ。」
社内よりも若干砕けた喋り口調、というかこれイライラして崩れているだけ?
「なんか、その、すいません…。昼だけならまだしも、夜まで…、今日は本当にご迷惑をおかけしています。」
深くお辞儀をした私は、ふと自分の手が未だに部長と繋がっている事に気が付いて顔が熱くなった。
なんだか安心する大きな手、少しカサついているのに、なんかこう、水分を含んだぬめりが…てこれ、私の手汗だよね、繋がってる事に気づいて一気に全身から色んな汁が、いや待て言い方が悪いな、汗、汗だよ汗、ダメじゃん自分!
「あの、部長、手、手が…。」
「…ああ。」
ああ、じゃなくて!
「は、放しませんか?」
私は開放して欲しくて、手を開いているのに、部長はしっかりと握ってくれている。
てかなんでですかーーー!!?
「あの、恥ずかしいから放してください!」
真っ赤なゆでダコになった私を見て、部長が不機嫌オーラを消して、笑った。
「まあ、気にしねえで繋がれておけ。」
「いえでも、て、手汗がっ!」
「ああ、凄いな。」
「すご…うぅ、恥ずかしい、あぁもう女として終わった…。」
なぜだか分からないけれど、どうせ放してくれないんだ、とヤケになった私は、部長の手をしっかりと握りしめ返した。
それに気づいた部長が、指を絡めてきた。
何だこれは、まるで恋人みたいな繋ぎ方、なんだか分からないけれど目眩がするクラクラする、目の前には部長の肩が、てか密着するほど近いこの状況もおかしい、どうなってるのー!?
半泣きの私を見下ろして、再びクックッと笑う部長を恨めしげに睨みつけたけれど、地元の駅で電車を降りるまで、手はずっと繋がれたままだった。




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