そんな事が有ったにも関わらず…、私は再び蛇に睨まれた蛙だった。
「で?」
腕組みをした土方部長は、今度はしっかりと私を見ている。
見ているんだけど、これは…睨まれてるよね、うん、絶対睨んでるよね、怖いよぉ、涙出るよぉ。
「だ、だから、今朝は、ごめんなさい…と。」
「謝るような何をやらかしたんだ。」
「いえ、だから、変な事を聞いて…。」
「………ああ、あれか。」
記憶と一致したのか、やっと土方部長の眉間から皺が一本消えた。
一本消えたくらいでなくならないんだけどね…残念な事に。
「下らん事してねえで、仕事しろ。」
「はい、すみません。」
コーヒーを部長の前に置くと、私はお盆を抱えた。
「あの、チョコはまみさんからの差し入れです。」
「ん?…ああ。」
ソーサーにチョコンと乗っているチョコ…いや、偶然であって駄洒落を言ったわけではない、を取り上げた部長が、手招きをした。
「はい?」
近寄り難いんですけどね…、しかし呼ばれているのだから行かないわけにもいかない。
恐る恐る近寄ると、チョコを差し出された。
「俺は要らねえから、お前が食え。」
「え、あ、はい、有り難うございます。」
コーヒーの温度で少し溶けているチョコを受け取ると、部長は下を向いて書類を見つめ出してしまった。
話は終わりだという無言の合図。
この佇まい、威圧感を感じてしまうのは私だけでは無いはず。
しかし、悲しいかな、私って女は懲りないらしい。
「そうだ、部長!」
「なんだ?」
「好きなものはなんですか?」
「…はあ?」
間の抜けた返事が返ってきた。
顔を上げて私を見つめる部長の瞳が、不可思議なものを見つめるかのように、珍しく見開かれている。
「下らんことをしている暇があったら…」
「はい、仕事します。ごめんなさい、すいません、変な事を聞きました、分かってます、分かってるんですけど、頼まれてしまって…あ、いや、なんでもないです、はい、ごめんなさ…」
ひたすら謝る私の後ろで、堪え切れなくなったのか、忍び笑いが聞こえてきた。
これは紛れもなく…沖田さん…。
「のゆちゃん、お見合い上手だね。趣味の次は好きなものか。」
「お見合いじゃないですってば!」
珍しく威圧しないでくれた部長の眉間が、沖田さんの登場で普段より三割増しに皺が刻まれた。
せっかく…、せっかく威圧されなかったのに…。
ま、呆れられたんだけどもねっ。
「土方さんの好きなものは、たくあんだよ。」
「総司!」
「別に隠す事じゃないでしょう。」
隠す事でもないと、部長もそう思ったのか、嫌そうに溜息を吐いた後、視線を書類に戻して、手を振った。
さっさと行けと言うことだ。
私はお辞儀をして、部長のデスクから遠ざかった。
「あ、のゆちゃんさ、誰に頼まれたんだか知らないけど、自分で聞きに来れないような人、土方さんは好きじゃないから。」
にやにやと笑みを浮かべながら、沖田さんが手を振った。
「それも伝えておくべきだと思うな。」
私は引きつった笑いを浮かべつつ、沖田さんに頷きを返して自分のデスクへと戻った。
コーヒーを一口すすり、貰ったチョコを口に放る。
自分で聞きに来れないような人は好きじゃない…と伝えられるだろうか、いや、伝えよう、じゃなきゃ私の心臓が保たない…。




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