イケメンさんを拾ってから数日後の夜、突然の来訪を受けた私は、玄関で目を見開いていた。
「イケメンさん・・・。」
「・・・いや、何だその、世話になった侘びを・・・だな。」
手に持っているのは、コンビニの袋。
中に沢山入っているのは、どうやらお菓子とかデザートとか、お茶とかコーヒーとか・・・。
「どうぞ、寒いから上がってください。」
「いや、いい。こんなんで悪いが、侘びの品だ。」
突き出されたコンビニの袋を無視して、私はイケメンさんの腕を掴んで家の中に引き入れた。
「まあまあ、いいから。何も初めての家じゃ無いんですから、遠慮しないで下さいよ。今ご飯食べてたんです。食べますか?」
「は?」
「一人分しか無いけど、ご飯とお味噌汁なら余ってますよ。頂いたデザートを食べれば、足りるかな〜。・・・あ、男の人って、食べる量が違いますよね・・・、どうしよう・・・。あ、じゃあ魚でも焼きますね!それとも、お肉が良いですか?」
「いや、必要ない。」
「じゃあ、魚で。焼くだけ簡単〜。」
「あ、おい!」
イケメンさんの制止も聞かずに、私はリビングに戻ると、冷凍庫から干物を取り出して、グリルに突っ込んだ。
「解凍しないのか・・・?」
呆れたような声に振り返ると、疲れきった顔のイケメンさんが、リビングの入り口に立っていた。
「一回解凍しちゃうと、臭みが出ちゃうんですよ。こっちの方が美味しいんです。」
「そうなのか・・・。」
どうも口煩いタイプらしい・・・と判断しつつ、私は暖かいお茶をついで、テーブルの向かい側へと置いた。
「どうぞ、お座りください。」
「・・・ああ。」
座って、無造作に突き出されたコンビニ袋を今度こそ受け取ると、私は中身を取り出してデザートを冷蔵庫にしまい、お菓子を棚にしまった。
「ねえ、イケメンさん。」
「その、イケメンさんってぇのは、一体何なんだ?」
「・・・名前聞いてないから、イケメンさん。」
「・・・・・・土方だ。」
一瞬の沈黙の後、気まずそうに答えてくれた土方さん。
名乗っていなかったという事実に今気づいたらしい。
「じゃ、土方さん。わざわざ来なくても良かったのに、律儀なんですねぇ。」
「・・・・・・。」
私の言葉に、土方さんの眉間の皺が増えた。
「それに、よく家まで辿り着けましたね。ここ、駅から結構入り組んでるのに。」
「地図があるって、言っただろう。」
「でも、目的地がどこにあるのか分からなきゃ、地図があってもねぇ。」
つけたままだったテレビに目を向けて、仏頂面で答えようとしない土方さんの格好に気づいて、私は立ち上がった。
「コート!脱いでくださいよ。寛げないでしょ。上着も脱ぎますか?寒かったら、何か貸しますよ。・・・大きいサイズの、あったかな・・・。」
「必要ない。」
「あります。コート着たままご飯を食べるなんて、行儀が悪いですよ!」
寝室からハンガーを一つ取って来て、土方さんのコートを掴むと、案外抵抗無く脱がされてくれた。
それを壁にかけて、今度は魚の様子を見に行く。
片面が美味しそうに焼けているのを確認すると、味噌汁を温めるためにコンロに火を点けた。
自分ではキッチンのつもりだけど、後ろを振り向けばそこはリビング、という単純な造りの家だ。
リビングなんて言えるような代物では無い。
食卓があり、冷蔵庫、キッチン、電子レンジ、食器棚、テレビ、全てが同じ空間に配置されている。
私がやっている事は全て土方さんに丸見えだけれど、後ろを向いている私には土方さんは見えない。
今、どんな顔をしているのだろうか。
呆れ顔?渋い顔?疲れ顔?
今日は酔っていないみたいだから、赤ら顔ではないことは確かだ。
一体、何でわざわざ家までお詫びをしに来たんだろう・・・。
お茶碗にご飯をよそい、味噌汁もよそって振り向くと、土方さんはテーブルに頬杖をついて、テレビを顰め面で見ていた。
「・・・あ!お箸、出してなかったですね。今持っていきます。」
ご飯と味噌汁を土方さんの前に置いて、すぐにお箸を出して手渡すと、少しの抵抗の後、諦めたように受け取った。
魚も焼けたので、土方さんに出してあげると、顰め面の眉をハの字にさせて、盛大に溜息を吐いた。
「お前・・・、酔っ払った男を家で介抱するだけじゃなく、訪ねてきた見ず知らずの男にご飯を出すとか、正気か?」
「見ず知らずじゃないですよ。一回うちに泊まった仲じゃないですか。それに、怪しい男は手土産を持ってお詫びには来ないですよ。」
「んなわけあるか。今時、どんな人間が悪い人間なのか、事が起きるまで分からないんだぞ。」
「だから、土方さんに襲われるならラッキーだって言ったじゃないですか。」
「殺されるかもしれないだろうが・・・。」
「・・・あー、それは嫌ですね。殺しますか?」
「殺さねえよ!!」
「じゃ、平気じゃないですか。」
ヘラヘラと笑いながら手を振ると、土方さんが更に深い溜息を吐いた。
「いいか、もう二度と落ちてる男を拾ったりするんじゃねえぞ。突然訪ねてきた男を家に上げたりもするな。こんなボロアパート、強盗が入るわけねえと思ってると痛い目に合うぞ。」
「・・・ボロアパートで悪かったですね。中は改装されてて綺麗なんですからね。」
「それは見りゃ分かるが・・・。だから、問題はそこじゃねえだろ!俺が言ってる事、分かってるのか?」
「分かったから、ご飯食べてくださいよ。せっかく焼いた魚が冷めちゃう。」
「もう一度俺が来ても、家に上げるんじゃねえぞ!」
「・・・土方さんは殺さないって言ったじゃない。てことは、お客さんでしょ?家に上げるに決まってるって。」
ヘラヘラ笑いながら言う私に、土方さんの肩が落ちて、三度、深い溜息を吐かれた。




翌朝、コーヒーを飲んでいる私の前に、土方さんがのそのそと顔を出した。
そして、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「何で・・・俺は・・・・・・。」
「昨日、デザートまで食べて、お腹いっぱいになったら、寝ちゃってましたから、スーツを剥いて、ベッドに転がしておきました。」
愕然とした顔を手で覆って、しゃがみ込む土方さん。
「疲れてるんですね。疲れてるのにわざわざお詫びになんか来てくれるから、また泊まる羽目になったんじゃないですか〜?私は大歓迎ですけど。ぎゅぅっと抱きしめてくれると、寝心地が良いんですよねぇ。」
「・・・お前は馬鹿か・・・。そうゆう時は床に転がしておきゃいいんだよ。」
「そんな事出来ませんよ。だって、お布団あれしか無いもん。風邪引いちゃうでしょ。」
パンツ一丁でしゃがみ込んでいる土方さんを見つめて、へラッと笑うと、私は洗面所へと移動して手招きした。
「シャワー浴びますか?ワイシャツは洗ってあるんで、綺麗ですよ。あ、今度替えのパンツ買っておきましょうか?」
「んな必要あるか・・・。」
そう言いながら、洗面所へと移動してきた土方さんが、ワイシャツをひったくると、私を廊下へ追い出した。
「シャワー借りるぞ。」
「出たらコーヒーお出ししましょうね〜。パン、食べます?」
「・・・・・・食べる。」
「了解でぇす。」
リビングへと戻る私の耳に、シャワーの音が届き始めた。


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