赤鼻のトナカイ
今日、私はいつものように友人のお店で飲んで、ほんのり酔っ払いです。 足元ふらついてたりしない、ほんのぉりの酔っ払いなのです。 そんな私の足元に・・・・・・、人が落ちてます!! 季節は冬、十一月の真夜中は寒くて、このままじゃ死んじゃうんじゃないかな・・・? 「あのぉ、死んじゃいますよ〜?」 しゃがみ込んで顔を覗き込んでみると・・・・・・。 「何これ!すっごいイケメンが落ちてる!」 整った顔、よく見れば仕立ての良さそうなスーツと、質の良さそうなコート。 眉間に皺が刻まれたその顔は、何だか苦しそうで・・・。 「そりゃそうだって〜。地面だよ、地面!冷たいよねぇ〜、あはははは。」 きちんと揃えた膝頭に置いた手をパタパタと振ってから、私はその人の腕を掴んで持ち上げて・・・、お持ち帰りした。
「で、今ここに居るのか・・・俺は・・・。」 イケメンさんの前に、湯気のたつお味噌汁を置いて、私は微笑んだ。 「はい。自分で歩いてくれたんで、案外苦労しませんでしたね。」 「お前は・・・馬鹿か?」 「えへへぇ、よく言われます。」 苦しそうな眉間の皺は相変わらず刻まれたまま、切れ長の瞳を細めて睨みつけられて、私は照れ笑いをした。 「襲われてたって文句は言えねえんだぞ?」 「あんなに酔ってて、襲えるものですか〜?あまりにも酔っ払うと、勃たないって言いますよ?」 「・・・朝っぱらから女が言う台詞じゃねえなぁ。」 呆れたように溜息混じりに言いながら、お椀を持ち上げて一口すするイケメンさんを眺めて、再び私は微笑んだ。 選ぶ言葉で、変な人じゃないんだなって感心したというか。 「自分で持ち帰って、ヤラれて訴えるほど、浅はかではないつもりですよ。」 「ヤラれてても良かったってのか?」 「ん〜?」 味噌汁を飲み干して、ほっと一息を吐くイケメンさんの顔に見とれながら、一応考えてみてから、頷いた。 「そうかも。こんなイケメンに襲われるなんて、滅多に無い経験かもしれないし。あー、そっか、なんだ、襲ってくれれば良かったのに!残念!損した!」 「馬鹿が・・・。」 二日酔いが痛むのか、額を押さえて瞳をつよく閉じるイケメンさんに、用意しておいた水と二日酔いの薬を出して、私は立ち上がった。 「今日は平日ですよ、お仕事ですか?何時に出れば間に合いますか?私、あと三十分で行かなきゃいけないんで、それまでに準備できますか?出来なかったら、鍵渡すんで、ポストにでも入れておいてください。」 「・・・・・・説教したい事は色々あるが、今俺が言っても説得力があるかどうか・・・。」 「え?何ですか?あ、ワイシャツは洗っておきましたよ。スーツとコートも汚れを払っておきましたし。流石にパンツは洗ってあげられませんでしたけどね。そこは我慢してくださいね〜。」 洗濯機から乾燥されたワイシャツをとりだして、イケメンさんに持っていくと、物凄い渋い顔で受け取られた。 「お前・・・、何考えてるんだ?」 「何って・・・?」 「そこまでする必要、無えじゃねえか・・・。」 「やりたかったんですよ。ワイシャツを着て寝るのって、窮屈で苦しいんですよね〜。私もたまに酔っ払ってスーツのまま寝ちゃうんですよ。その翌日の身体の疲れ方ときたら、尋常じゃないですよね。だから、嫌かなと思って。」 「男をパンツ一丁に剥いて、同じベッドで寝るとか・・・、どんだけ警戒心が無いんだか・・・。お前がパジャマで寝てなけりゃ、とんだ誤解をするところだった・・・。」 「誤解、しかけてましたね。」 「それを否定して、ここまで甲斐甲斐しく世話して・・・・・・どんな見返りを期待してるんだ?」 疑うような眼差し、鋭い眼光から放たれる棘は、私のあまり知らない人生を歩んできたような荒んだ色をしていた。 「どんな女を相手にしてきたんですか・・・?私、そこまで意地汚く生きるつもり無いですよぉ。」 もぞもぞと着替えを始めるイケメンさんをリビングに残して、寝室でお化粧を始めた。 乱れたままのベッドが三面鏡から見えて、少しだけ頬が緩んでしまった。 あんなイケメンさんでも、悔しいと思う事もあるんだな・・・と。 生きていれば当然なんだろうけど・・・。 寝言で「チクショウ」と呟きながら、私を強く抱きしめてきて・・・。 何だか小さな子供みたいだと思ってしまったんだ。 背中を撫でてあげたら、力が抜けて寝息も規則正しくなって。 母性本能をくすぐられてしまった!! もしかしたら、襲われてたら経験できなかったかもしれない、貴重な経験!? 私はこれから、イケメンを手なずけた女として生きていける。 いいなぁ、その肩書き。 一期一会だとしても、一生美味しいご飯が食べられる・・・くふっ。 「お前、名前は?」 「はい?私ですか?」 「お前以外に誰が居るんだよ・・・。」 「名前ですよ。」 「そうか・・・。悪かったな、色々と、世話になった。」 「え?」 リビングを覗き込むと、イケメンさんが立ち上がってカバンを持ち上げるところだった。 「もう行くんですか?もう少し待ってもらえれば、駅まで一緒に・・・。」 「いや、いい。」 「だって、道分からないと思いますよ。ここ住宅街だから複雑だし。」 「今時は地図があるんだよ。」 携帯電話を持ち上げて見せて、イケメンさんは背を向けた。 慌てて立ち上がってその背を追いかけて玄関まで行くと、靴を履いたイケメンさんが振り返って、頭にポンと手を乗せた。 「味噌汁、ご馳走さん。美味かった。」 「どういたしまして。じゃ、行ってらっしゃい。」 笑顔で見送る私に、一瞬目を見開いたイケメンさんが、微苦笑をして頷いて 「じゃあな。」 そう一言残してドアを出て行った。
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