君の手前

大学からの帰り道、電車に揺られながらうつらうつらとしていると、隣に居た友人、朱美に肘で突かれる。
「ん…?どうしたの?」
いつもは朱美も一緒になってうつらうつらしている事が多いのに、珍しいと思って朱美に視線を動かすと、肝心の朱美は違う方を向いている…。
「朱美?」
自分の後ろを見て目をトロンとさせている朱美の視線の先を見ると、長身の男性が目に入る。
そして、思わず苦笑してしまう。
「うんうん、そうだね。」
「ちょっと、まだ何も言ってないじゃん!」
「格好良いね。好みっぽいね。」
「でしょ!はぁ〜、触りたい!」
「朱美!それはダメだからね!」
名前の鋭い突っ込みに首を竦めて舌を出す朱美に、呆れる。
何時だったか、好みのタイプの人に寄りかかって、めちゃくちゃ怒られた経験が有るのに、懲りずに同じ事をしようとする朱美の行動力に、いつも驚かされて、そして巻き添えを食わされる。
「どんな仕事してるのかな?」
「さあ…、スーツだし、サラリーマン?」
「リーマンにしては、早くない?」
「営業マン。」
「ああ、そっかぁ。…くふっ。」
一瞬、朱美の目がにまりと細められて、また溜息がもれる。
「あんな人が営業に家に来たら、絶対に家に上げて、更には身体まで捧げちゃうのに!」
「バカ言わないでよ。相手にも選ぶ権利があるでしょう。」
「ちょっと、名前は私にそんな魅力が無いと言いたいわけ!?」
「…じゃ無くて!問題はそこじゃ無いから。」
短いスカートからすらりと長い脚を見せて、そっと後ろの人に近づけようとしだす朱美に驚いて、思わず身体ごと振り返って脚を掴む。
「ちょっと…、名前に掴まれたいわけじゃないんですけど…。」
「朱美の脚が美脚なのは、触らなくても分かってると思うから!やめてよ、恥ずかしい!!」
コソコソと続けられる二人の会話と、変な様子に、視線を向けられて目が合ってしまった…。
気まずくて視線をそらす自分に反して、にっこり笑って手まで振る朱美に、目が丸くなる。
「ほら、名前もそのワンピースの裾でも持ち上げて、可憐に挨拶をしたら?」
「だから、何で私をそういうイメージにしたがるかな…。」
「高原の美少女?ん?草原の美少女…?」
「美少女じゃないし、高原も草原も、ここには無いから。」
「でも、そんなイメージ。」
「花柄が多いってだけでしょ?」
「あー、そっかそっか。そんな感じ。ね、今度豹柄とか着てみてよ。」
「持ってないよ。」
「貸そうか?」
「朱美のは、やだ…。ケバい…。」
「私が着るからケバくなるだけで、店で見ると案外普通だよー。」
そう言いながら、肩にかけたバッグからケータイを取り出すと、ネットショップに繋いで見せてくれる。
けれど、店で見ても、ケバいと思う…。
「私に似合わないじゃない…。」
「そうね。何たってハイジだから。」
「ほっぺた赤くないもん!」
そう切り返すと、後ろからプッと吹き出して笑う声が聞こえた。
振り返って見ると、先ほどの格好良い人が口に手を当てて、視線をそらした。
笑われた…、完全に笑われたんだ…。
顔を真っ赤に染めると、朱美が強く突いてくる。
「チャンス!名前、行け!」
「行け!じゃないでしょ!笑われたんだよ!恥ずかしい…。」
「良いから!」
朱美が力強く肩を叩くと、同時に電車がぐらりと揺れてカーブに差し掛かった。
「うわっ!!」
体制を崩して足を踏ん張ると、下に誰かの足があったみたいで、
思いっきり踏んづけてしまった。
しかも、それに慌てて足を上げて、崩れた体制のまま後ろに倒れて、抱き留められてようやく止まる。
「あああ、ご、ごめんなさい!!」
踏んだ足の先を確認して、抱き留めてくれた人も振り返って、二人に頭を下げると、朱美が小声で「でかした!」と言うのが聞こえた…。
「ああ、まぁ…、良いって。気にするな。」
「ああ。俺は役得だったしな。」
足を踏んでしまった人と、抱き留めてくれた人は知り合いらしく、お互い顔を見合わせて頷き合っている。
「本当に、ごめんなさい…。」
もう一度謝ると、朱美が身を乗り出してきて一緒に謝ってくれる。
「名前が失礼しました。お詫びがしたいので、メアド教えて貰っても良いですか?」
謝ってくれた訳ではないだろうとは、思ったけれど…。
朱美の行動の早さに呆れる。
「いや、お詫びなんか本当にいいって。倒れなくて良かったな。」
足を踏んでしまった方の人が、ニッカと笑いながら手を振ってくれるが、朱美はしっかりと長身の優男を見つめながらケータイを手に、自分のアドレスを表示している。
「いえ、そう言うわけにはいきません。あなたで良いので、教えてください。」
「お、俺か?」
朱美の押しに、抱きとめてくれた人が面食らって少し後ろに引いている。
「朱美、失礼だから!」
「名前は黙ってて!失礼したのはあんたでしょ!」
「・・・・・・。」
そう言われて、口をへの字に曲げて男性二人を交互に見渡して・・・、そっと視線を伏せて謝った。
完全に無視されている形になってしまった、足を踏んでしまった筋肉質な男性が、自分のケータイを取り出して朱美のケータイに向けた。
すると、チリィンと音がして、赤外線通信が完了する。
「俺ら次で降りるからよ。こいつにメアド送っておくから、それで簡便してな。」
少し急いでいるように言うその人を見上げて、朱美が膨れたような顔をしてみせる。
けれど、確かにそろそろ駅に着いてしまう。
「じゃ、そっちのメアドも教えてください!」
付け睫毛ばっちりの瞳を瞬かせて上目遣いで見上げる朱美に苦笑いをして、ケータイを向けてくれる。
それを受信して、朱美がにっこりと微笑んだところで、電車が駅に着いて人を吐き出していく。
「じゃな。」
男性二人が手を上げて降りていくのを、ペコリとお辞儀をして見送ると、横で朱美がさっそくケータイに登録をして、更にはメールを打ち始める。
「な、何してんの?流石にそれは早すぎでしょう?」
「いやいや、こう言うのは時期を逃すと手に入れられなくなるのよ。教えてくれた男から落とすのがきっと一番手っ取り早いはず。いい、名前。恋はハプニングとタイミングと、勢いと勘違いだよ!」
物凄い速さで親指を動かしながらメールを作成する朱美に、呆れながらそっと息を吐き出した。




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