第四コース

紙をめくった名前は、一気に走り出した。
こんな簡単で良いのだろうか!
けれど、少しだけ恥ずかしくもある。
係りの人に見られるだけなのだから、クラスのために、ここは感情を押し殺さなければ!!
そう決意して、目的の場所へと走って、姿を認めると笑顔で近寄った。
「斎藤先輩!」
名前が走り寄ってきて居るのにすでに気づいていた斎藤先輩が、優しい表情で出迎えてくれる。
「どうした?何を探している。」
名前が借り物競争に出ることは、既に本人から聞いて知っていた斎藤先輩が、手に握られた紙を受け取る。
「一緒に行って下さい!」
紙を見ている斎藤先輩にお願いをすると、微笑みと共に頷いて、手を握ってくれる。
「行くぞ。」
「はい!」
体育祭が始まる前に、約束していたのだ。
斎藤先輩としか、しないって。
二人でゴールまで駆け抜けると、係りの人に確認をしてもらう。
「はい、一着です!」
1と書かれた旗を手渡されると、歓声が湧く。
斎藤先輩と手を握りあったまま、微笑み合う。
「簡単でしたね。」
「ああ。…しかし、決まって居ない者には、難しいのかもしれない。」
「そうですか?適当に連れてきちゃっても、分からないと思いますけど…。」
名前が首を傾げて言うと、斎藤先輩が少しだけ考え込むような仕草を見せてから、首を振った。
「いや、適当に連れてきても駄目だろう。確か、AとBに別れていたはずだ。」
「・・・・・・AとB・・・ですか?」
「ああ。右回りと左回り。」
「右回りと、左回り・・・・・・?」
名前には、斎藤先輩が言っていることが理解できなかった。
けれど、斎藤先輩が間違ったことを言うはずがない。
そう思って、微笑んで頷いた。
「はい。じゃぁ、私はラッキーですね。」
「そうだな。お前はたった一人の女だ。だから、きっと誰を連れて行っても合格しただろう。」
「え?斎藤先輩しか、居ないですよ。約束したじゃないですか、私としか、しないって・・・。」
名前が袖を遠慮がちに握り締めてくる。
その様子に、斎藤先輩が満たされたように瞳を閉じて、そっと自分の胸に手を当てた。
「先輩?」
「ああ、そうだな。お前としか、しない・・・。」
その会話を聞いていた係りの者が、なんだかまるでエッチな会話を聞いているようで、ドキドキした・・・と、後でこぼしていた・・・。




その日の夕方、日がだいぶ暮れてきて、絶好のシチュエーションが揃った。
校庭の真ん中には、組み上げられた乾木、その中に沢山の細木を上手に組み合わせて入れてある。
校長先生が、まるで聖火を燈すように、厳かに火を移す。
ボッと音を立てて燃え移ると、小さく爆ぜながら火が次第に大きくなっていき、生徒たちから歓声が沸き起こる。
「先輩、凄いですね。」
燃え上がる火を見つめながら話しかけると、斎藤先輩が炎の揺らめきを瞳に移して微笑んでくれる。
「ああ。今年は、特に凄い。何でも、風間先輩の発案だとか・・・。」
「え?風間先輩の・・・?」
「ああ。」
何だか、予想外で絶句する。
キャンプファイヤーもだけれど、これから催されることが、風間先輩の発案・・・。
男同士で踊りまわって、何が楽しいのだろう・・・・・・?
「もしかして・・・、拷問?」
「・・・ああ、俺以外にとっては、そうだろうな。」
名前の手をそっと握って、炎の周りに集まりだす生徒たちの輪に、連れて行く。
始まる音楽と共に、みんなに混じって踊り出す。
何だか、下らないのだけれど、それでも斎藤先輩と一緒だから、心が温かくてほっこりとする。
強制参加で、参加を拒否した場合は成績に難がつくという先生たちのお達しのせいで、生徒たちの大きな輪は、嫌そうに、人によっては死にそうに、あるいは嬉しそうに踊っている。
その、曲が終わり、入れ替えとなった時に、多くの生徒たちが輪から離れていく。
斎藤先輩も、名前を連れて輪から離れて行こうとする。
その前を立ちふさがる人物が数人。
「おい、そいつを置いていってもらおうか・・・。」
「って、新八っつぁん、それじゃ悪者の台詞だよ。」
「僕も、名前と踊ってあげようかと思ってね。」
「あぁ。斎藤だけに良い思いをさせるなんて、許せねぇよな。」
「そうだよ!名前、俺とも踊ろうぜ!」
「断る。」
四人の言葉に、斎藤先輩が一瞬で決着をつける。
が、四人はそれ位ではめげないらしい。
「斎藤には聞いてねぇっつぅの!」
「名前ちゃん、さ、僕と一緒に行こう。」
「名前、踊るくらい良いじゃんか!」
「ああ。男と踊っちまって虚しいこの心を、癒してくれよ!」
斎藤先輩が、迫り来る四人の魔の手から名前を背に庇うと、手をぎゅっと握って走り出した。
「フォークダンスの相手は、俺だけだと誓ったのだ。それを破らせるわけにはいかん!」
名前を半ば引きずるように走りながら、斎藤先輩が後ろに向かって叫ぶ。
その様子を少し遠くから見ていた校長先生が、嬉しそうに笑い出した。
「お、どうだトシ!みんなも嬉しそうにはしゃいで。やっぱり、キャンプファイヤーは、良いもんだなぁ〜!」
「・・・・・・そうだな。」
返事をする土方先生の瞳に、走り回る六人を斬るほどの迫力が篭っているのにも気付かずに、校長先生はニコニコと笑い続けた。




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