第一コース

紙を捲った名前は、そこに書かれていた単語に即座に顔を上げた。
これなら簡単だ。
だって、この間見せてもらったんだから!
目的を立ったまま探すと、すぐに目に入ってきた。
少し遠くで、大いに盛り上がって応援をしてくれている人物。
その人物に向かって走り始めると、わぁ!!と辺りに喝采が湧く。
後ろを見ると、続々とみんなが紙を捲りだしている。
立ち止まる者、すぐに動き出す者、様々居る中で、名前は必死に脚を動かしてコースから外れ、目的の場所へと行く。
最前線で旗を振って応援している人物に抱きついて、お尻のポケットを探り出すと、生徒たちがどよめいて、肝心の人物は一瞬固まって大きな旗を手から零れ落とした。
「どどど、どうした!名前ちゃん!?いや、駄目だって、こんな場所で、もっと、人が居ない場所で・・・!!」
「何言ってんだよ、新八っつぁん!人が居ない場所の方がもっとヤバイって!!」
緑色のジャージに包まれた永倉先生から名前を引き剥がして、平助君が文句を言う。
「名前も!何してんだよ!!」
「だ、だって!永倉先生、今日は持ってないんですか!?」
お尻のポケットが空な事に落胆して、名前が困ったような顔で見上げてくるのに、永倉先生が思わず怯む。
「ぉ?何をだ?そ、そんな顔して来たって・・・、金なんか無いぞ?俺の肉体美が見たいなら、いっくらでも見せてやるが・・・。」
そう、戸惑いながら言う永倉先生の顔はどこと無く嬉しそうで、平助君はそれが更に嬉しくない。
「馬鹿なこと言ってないでさぁ!名前、紙見せてみろよ!」
名前の手の中の紙を摘んで、平助君がそれに目を通す。
そして、永倉先生のお尻のポケットに目をやって、あぁ・・・と嘆息する。
「新八っつぁん、今日は持ってないのか?」
「だ、だから、何をだ!?」
ドギマギを隠し切れずに頬を染めて目尻を垂らして・・・、平助君がそんな永倉先生を睨みつけて声を上げようとした瞬間、「ゴガッ!!」と不気味な音がして、永倉先生の頭が下がる。
その上には、拳・・・・・・。
「お前ら・・・、何してやがる?」
椅子の上に立ち上がって応援していた永倉先生が、そのまま地面へと倒れ付していく後ろに、目元を暗く翳らせた土方先生が立っていた。
「な、永倉先生!?」
慌ててしゃがみ込んで様子を伺うと、顔をよろよろと向けて、へらっと笑う。
「おい、名字、お前も一体何している?競技の最中だろう。まさか棄権するとか・・・、言うつもりじゃぁねぇだろうなぁ?」
口調荒々しく土方先生が言うのを聞いて、名前は慌てて立ち上がると土方先生の下へと寄って行った。
「土方先生、新聞持ってませんか?」
「は?」
「名前は新聞を借りに来たんだよ。それなのに、今日に限って新八っつぁん持ってねぇんだよ。」
「・・・ああ、新聞なら、俺が今朝没収した。」
「何でこんな日に限って、没収しちゃうんだよ!」
平助君が頭を抱えて地団太を踏むのを、後頭部をワシワシ掻きながら土方先生が見ている。
「土方先生、それ、今どこにありますか?」
「ぁあ?職員室の俺の机の上だが・・・、取りに行ってたらビリになっちまうぞ?」
「無いとゴールも出来ないんです!私、取りに行ってきます!!」
名前はその場を後にして走り出した。
それを眺めながらコースに目をやると、そこには立ち止まって項垂れる者や、座り込んで放心している者が居た。
他の走者も、まだ走り回っている。
唯一ゴールしている者の手に握られているものを見て、思わず眉間が歪む。
「なんだ・・・?何で探しにも行かねぇんだ?」
平助君に話しかけて、平助君も首を傾げる。
「さぁ・・・?何か変なもんでも書いてあんのか?あれって、誰が用意したんだ?」
「先生のうちの誰からしいが・・・、公表されてない。」
「何で公表されないんだよ?」
目を瞬かせて平助君が土方先生を見上げる。
土方先生は、コースを眺めながら、その瞳には何も映っていないようだ。
「無茶なもんを書きたがる奴が多くてな・・・・・・。」
それを聞いた平助君は、再びコースに目を戻した。
無茶なものを・・・・・・、書かれてしまったのであろう、動かない二人が、哀れになってくる・・・。
その頃、名前は職員室のドアを勢い良く開け放ち、中へと駆け込んだ。
「失礼します!」
誰も居ない職員室の中、土方先生の机へと走り寄ると、机の上の置いてあるもの、棚、全てくまなく探してみたが、新聞は見つからなかった。
まさか、引き出しを探るわけにはいかない・・・。
それに、自分の机の上だと言ったのだから、上に置いたのだろう。
それが、無い・・・。
「ええ、何で?確かにここだって言っていたのに・・・。」
何度も書類を動かして、棚の中身を確認して、それでも見つからない新聞。
項垂れて机に凭れかかっていると、背後から声をかけられた。
「おや、名字君じゃないか。どうした、またトシに何か頼まれたのか?」
「校長先生!」
「全く、トシもこんなうら若き乙女に雑用をさせるなんて・・・。」
「いえ、そうじゃないんですけど・・・。」
突然現れた校長先生に驚きつつ、これはチャンスだ!と思考を変える。
「校長先生!新聞持っていませんか?」
「ん?新聞か?毎朝読んではいるが・・・。」
「実は、借り物競争で新聞が必要なんです!土方先生の机にあるって言ってたんですけど、無くて・・・。」
校長先生が、あぁ・・・と嘆息する。
「そうか、それでここに来たのか・・・。いや、申し訳ない・・・。さっき、ごみを焼却炉に捨ててきてしまったんだ・・・。その新聞も、どうせ永倉君から没収したごみだろうと思って・・・、一緒に捨ててしまった・・・。」
「ぇえ!?」
名前は、驚いて、そして落胆した。
「そ、そうですか・・・。」
流石に、焼却炉の中を探すことは出来ない。
図書室も、流石に新聞は置いていなかったと思う。
「誰か、他に新聞を持っていそうな先生、知りませんか?」
職員室内で探せるなら、それに越したことは無いと思い、校長先生に聞いてみると、校長先生は少しだけ唸ってから、顔を上げた。
「そうだ、山南君はどうかね?彼ならあらゆる文学に興味を持っているし、新聞くらい読んでいそうだが。」
「そ、そうですね!行ってみます!」
職員室には居ないけれど、今なら救護班として校庭に居るはずだ。
救護班は、他の日よけの屋根だけのテントと違い、何故だかキャンプの時に使うような三角テントなのだ。
目だって仕方が無い。
だから、どこにあるのか覚えている。
「校長先生、ありがとうございます!」
元気良くお礼を言うと、名前は走り出した。
「ああ、名字君、校内は走ってはいかんぞぉ〜・・・って、行ってしまったか・・・。」
職員室内で、自分の声の余韻に耳を傾けながら、短く嘆息した。




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