3編

名前は、机の前でしばらくの間固まっていたが、固まっていたって答えが分かるわけではないし、宿題が終わるわけでもない。
これはどうしたものか・・・と悩んだ末に、一回頭を切り替えることにした。
夕飯の買い物をしていないことを思い出して、着替えを済まして買い物へと出かけることにした。
「さって、今日は何を買おうかな〜。」
冷蔵庫を覗き込みながら、少し節をつけて歌うように口ずさむ。
父親が蒸発してから、この家の中は随分と寂しくなった。一人で食事をすることが増えて、自然と料理をすることが減ってきてしまっていた。
自分だけのために何かを作るのは、どうしてもどこか味気ない・・・。
そんな名前のために、隣に住んでいる平助が、一緒に夕飯を食べよう!と誘ってくれることもあるし、土方先生と原田先生と永倉先生が遊びに来てくれる事もある。
そうすると、どうしてか校長先生も来たがって、校長先生が来ると沖田先輩も来たがる。そして、沖田先輩が同じクラスの斎藤先輩を引っ張り込んで、それなら俺も!と、平助が乗り込んでくることになる。
芋蔓式にずるずると人数が増えてしまい、気にした校長先生が食材をわざわざ買ってきてくれて、みんなで大騒ぎをしながら豪勢な食事をする。そんな光景が繰りひろげられるようになってからは、一人だけの食事が余計に寂しく思えてしまうのだった。
「今日も、みんな来てくれないかな・・・。」
冷蔵庫を閉めて、嘆息する。
つまらない・・・。
先生方が来る日は、学校から帰る前には知らされる。
うら若い乙女の家に、突然訪問するわけには行かないと、気を使ってくれているらしい。
今日はそんな話は一切出てこなかった。ということは、誰も来ないということだ。
「はぁ・・・、インスタントラーメンで済ませちゃおうかな・・・。でも、野菜が無いし・・・。野菜なし・・・?じゃ、流石に身体に悪いか・・・。」
一人で居ると、独り言が増える。
誰に言い聞かせているわけでもないのに、どうしてもブツブツと呟いてしまうものだ。
キッチンから出ると、宿題のプリントも入れてある鞄を持って、玄関を出た。
駅前のスーパーまでは、名前の足で10分くらいだ。
駅を越すと、学校がある。
条件の良い立地に家を買った父。しかし、何故蒸発してしまったのだろう・・・。蒸発する前は、学校で少しの間だけ保健医をしていたらしいのだが、それは名前が入学する前で、しかも入学してから知った事実だった。
今は、身体を壊して教鞭を取れないからと、山南先生が父の後を継いで保険医をしている。
不調を訴える生徒に、赤い液体を飲めと勧めてくるが、その液体を絶対に飲むな!と土方先生に教え込まれている生徒たちは、断固拒否するようにしている。
たまに、拒否しきれずに飲んでしまう生徒も居るらしい・・・と、ひそやかに噂が流れている。
名前は、のんびりと歩きながら、駅までの大通りを楽しんだ。
人が大勢行きかっていて、たまに同じ学校の制服を着ている人も見かける。
親しい人の顔は見られなかったが、覚えのある顔もチラホラと居た。
スーパーのドアを潜ると、ふいに後ろから声がかけられた。
「名字君?」
「はい?」
返事をしながら振り返ると、そこには山崎先輩が居た。
山崎先輩は、山南先生の助手という名の保健委員をしていて、休み時間も放課後も、保健室に詰めていると噂されるほど、教室と保健室以外の場所では姿を見られないなぞの人物だ。
しかも、どうやら山南先生の助手は、土方先生の命令で、その動向を探らせている・・・なんて噂が立つほどに、土方先生を敬愛しているらしい・・・という噂もある。
その山崎先輩が、スーパーに来るなんて!
名前は思わず目を大きく開いて、山崎先輩の顔を見つめてしまった。
「買い物ですか?」
「は、はい。そうです。お野菜が無くなってしまって。山崎先輩も、買い物ですか?」
何だか慣れない場所で遭遇してしまったせいか、声が上ずってしまった。
「はい。俺も買い物です。山南先生が、今夜はここのスーパーのカツ丼が食べたい、とおっしゃるので、買いに来ました。」
「そ・・・、そうなんですか!?」
なんだか、突っ込みたいところがいっぱいある。
やっぱり、放課後も保健室なんですね、とか、山南先生は自分で買い物に来ないんですね、とか、山南先生がここのカツ丼を食べる!?とか・・・。
その他もろもろありすぎて、結局無難な言葉しか出てこない。
「定期的に、食べたくなるみたいです。何だか、・・・・あ、いや、これは言わない方が良いな。」
「え、何ですか?そこまで言っておいて、気になります。」
「いえ、聞かないほうが身のためですよ。これ以上、自分の身に危険を招き入れないほうが良いと思います。」
キャベツの重さを量りながら、名前は眉間に皺を寄せた。
「名字君は、良いお嫁さんになれそうですね。」
「え?どうしてですか?」
「眉間に皺が寄るほど、真剣にキャベツを選んでいるくらいだから。」
ツン、と、楽しそうに名前の眉間を指で小突く。
いや、キャベツに皺を寄せたわけではなく、山崎先輩の話に皺を寄せたのだけれど・・・・・・。
そう思ったけれど、滅多に見られない山崎先輩の笑顔にドキリと心臓が跳ねて、そんなことはどうでも良くなってしまった。
「そ、そんなことありません。父が残してくれたお金も、そんなに多くないですし・・・。節約をしなくては!と思っていたら、こうなってしまっただけです。」
「そうでしたね。俺も何かしてあげられれば良いんですが、どうもそういうことには疎くて・・・。」
「いえ、とんでもないです!気にしてくださっただけで十分です!」
一番重いと感じたキャベツを籠に入れながら、笑顔を返す。
山崎先輩が、その重い籠をさり気無く持ってくれた。
「あ、いいです、自分で持てます!」
「気にしないでください。俺はカツ丼しか買うものがありませんから。」
「いえ、でも・・・。」
「後は、何を買いますか?」
名前の遠慮に聞く耳を持たずに、キャベツの列から離れていってしまう。名前に籠を取り返されないようにと思っているのは明白だった。
「あ、じゃぁ、玉葱を・・・。」
「これも、大き目のものを選ぶんですか?」
「いえ。玉葱は適当です。」
「じゃ、これでいいですね。」
山崎先輩が、玉葱を適当に取って籠に入れていく。
名前はその後ろをついて行って、これを入れる、あれを入れる、と教えるだけで済んでしまい、何だか申し訳なく思った。
「あの、山南先生のカツ丼って、これ・・・ですか?」
お惣菜のコーナーに辿り着くと、お弁当が何種類か並べられていた。
のり弁当、幕の内弁当、天丼、カツ丼、その他色々ある。
名前は、お惣菜は買うが、お弁当は買ったことが無かった。
「はい。これです。」
返事をしながら、真剣にカツ丼を一つ一つ持ち上げて、中身をじっくりと見て吟味する。
「ここのお弁当って、美味しいんですか?」
「え?さぁ、俺は食べたことが無いので、分かりません。」
「え、山南先生のご飯を買って、山崎先輩はどうするんですか?」
「俺は、家で食べます。」
「そうなんですか。普段は、何を食べるんですか?」
「そうですね・・・、コンビニ弁当が多いですかね。後は、持ち運びが便利なので、おにぎりが多いです。」
「持ち・・・運び・・・?」
「はい。何かと用事を言いつけられることが多くて、じっくりと腰を落ち着けて食べる時間が、あまり取れないんです。」
「そんなに、忙しいんですか?」
「はい。あ、でも、今日はこれを届けたらもう終わりだっておっしゃってました。」
「そう・・・なんですか・・・。」
山崎先輩は名前の質問に答えながら、カツ丼の吟味を終えたようで、一つ選んで籠の中に置いた。それを見て、名前は驚いた。




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