2編

名前は、家のインターホンが鳴る音に驚いて、慌てて立ち上がった。
そう言えば、今日は斎藤先輩が来る日だった。宿題に気を取られていて、全くなんの準備をしていないどころか、制服から着替えてさえいなかった。
階段を駆け下りて玄関を開けると、斎藤先輩が優しい微笑みを向けてくれた。
斎藤先輩は、あまり表情が変わらない朴訥とした真面目人間だ、と表されることが多いが、その中に秘めた様々な感情を覆い隠せるだけの大人な人なんだ、と言うことを名前は知っている。
「ただいま、名前。」
斎藤先輩は、名前の家に訪ねて来てくれる時は、必ずこうして「ただいま。」と言ってくれる。
父が蒸発してから、家が一気に寂しくなった。それを考慮してくれているのかと思っていたが、実は新婚気分を密かに味わっているだけだった…と知るのは、もう少し先。
「お帰りなさい。」
嬉しそうに、ふわりと笑い返すと、斎藤先輩の表情が更に緩んだ。
家の中に入り、靴を脱ぐ斎藤先輩にスリッパを用意しながら、宿題の事を話してみた。
斎藤先輩は、「見せてみろ。」と、少し低く穏やかな声で答える。
名前は頷くと、斎藤先輩を自室へと通す。
「これです。斎藤先輩、こんな宿題、見た事ありますか?」
一つ年上の斎藤先輩は、自分よりも宿題に精通していると思っていた。
斎藤先輩はプリントを見ると、首を傾げた。
「こんな宿題、今までは無かったな。今度は何をやらかしたんだ?」
「あの、黒板を書き写していて、話を聞いていなかった、と怒られてしまって…。」
自分の失敗なんか極力言いたく無いのに、そう思うと、自然と声が小さくなる。
「そうか。そんな事くらいで宿題を出すほど、今日は荒れていたのか。」
斎藤先輩は、宿題を出された経緯には一切触れずに、土方先生の方に意識を向けた様だった。
プリントを
手に、名前のベットに腰をかけると、名前の手を引いて、横に座る様に促した。
「こんな宿題、去年も無かったんですか?」
「去年?」
斎藤先輩が、キョトンとする。
質問の意味が分からなかったのかと思い、詳しく聞き直してみると、そうでは無かった様だ。
「俺は宿題を出された事は無い。俺が見た宿題は、名前の物位だ。」
優秀な斎藤先輩が、宿題なんか出される訳が無かった…。
自分で聞いておいて、落ち込んでしまった。
「で、どれをやるんだ?」
落ち込んでいる名前に気づかずに、斎藤先輩は先を続ける。
「え、どれって…。この宿題、変だと感じませんか?」
ベットの横で、自分を振り仰いで見つめて来る恋人に思わず赤面をして、斎藤先輩は目線だけを横へずらす。
「俺は、土方先生の思惑を理解できるほど、成熟している訳では無いからな。俺には分からない意図が隠されているのだと思う。」
「え、でも、こんな宿題今まで無かったし…。」
「新しい試みをするのは、良い事だと思う。土方先生も、試行錯誤しているのだろう。」
「そっか。そうなの…かな。」
自分よりも長く付き合いのある斎藤先輩が言うのだから、きっと間違いなんか無いだろう。そう納得すると、何となくすんなりと受け入れる事が出来るのだった。
「で、どれをやるんだ?ペアでやれと書いてあるから、俺が手伝ってやろう。」
「え、本当ですか?良いんですか?」
「ああ。気にする事は無い。俺を頼れ。また、隣の鼻垂れ小僧となんてもにょもにょ…。」
「え、先輩、何て?」
最後の方が尻すぼみで聞き取れなくて、名前は問いかけたが、斎藤先輩にはぐらかされてしまった。
「何でも無い。で、どれにするんだ?」
一緒にプリントを眺めながら、指で指していく。
「先輩、鬼畜の意味知っていますか?」
「人を人とも思わない残虐非道な行いをすることだろう。」
「・・・・・・出来ますか?」
「いや、俺には無理だ。」
「私もです・・・。」
では、鬼畜は諦めよう、という流れになり、指が次へと移る。
「この、誘い受けって、何なんでしょう?」
「誘い受け・・・・・・?聞いたことが無いが・・・。」
「じゃあ、後で調べてみましょうか。」
「ああ、そうだな。」
「で、ツンデレなんですけど。」
これも、斎藤先輩は首を振る。名前は、少しだけ得意げになる。
「これ、私知ってるんです。この前、永倉先生が教えてくれました!」
「ほう。教えてくれ。」
「はい。」
斎藤先輩に教えてあげることなど、めったに無い名前は、何だか嬉しくなった。その、嬉しそうな笑顔を見て、斎藤先輩が名前の頬に触れる。
「な、何ですか?」
「気にしなくて良い。教えてくれ。」
「え、は、はい。」
斎藤先輩の指は、ゆっくり優しく、名前の頬を撫で続ける。名前は、何となくくすぐったく思いながら、教えてあげることに意識を向けてくすぐったさをやり過ごそうとする。
「誰に対しても冷たいんですけど、好きな人の前でだけデレデレになっちゃうことなんですって。」
「そうか。そんなことを、永倉先生は教えてくれたのか。」
碌な事を生徒に教えない教師だな・・・、やはりあまり名前を近づけたくは無いな・・・と、心中でボヤキながら、名前の頬を撫でる手を止めて、頭を撫でてやる。
「よく知ってたな。」
額にかかる前髪をかき上げて、その中心に口付けをそっと落とした。
名前は、顔中を真っ赤にしながら「いえ、たまたまです・・・。」と小さく答えた。
「しかし、これは無理だな。名前は誰にでも優しいくて、冷たくない。」
「斎藤先輩も、みんなに慕われていますし、とても暖かいですしね。」
名前にとって、斎藤先輩はとても優しくて暖かい恋人だ。例え、周りが「何を考えているのか全く分からない」と評していようと、「あいつは名前と土方先生以外には興味が無い」と言われていようと、「冷たい」と非難されていようと、名前には関係ない。と、言うか、名前の耳はそうした評価を素通りしていく。まるで、トンネルを潜り抜ける列車の如く、猛スピードで走り抜けていく。
「じゃ、メイド萌えは?」
「萌え・・・とは・・・?」
「萌え・・・ですか・・・?」
お互い顔を見合わせて、目を数回瞬かせる。
「う・・・む。確か、総司がそんなことを言っていたような・・・。何でも、大好き!という意味に似ているとか何とか。」
「大好き、ですか?じゃぁ、私は斎藤先輩萌えですね。」
へへっと笑って、サラリと愛を伝えてくる名前に、斎藤先輩は顔中を真っ赤に染め上げて、ガクリと首を落とした。
「せ、先輩!!?」
手を額に当てて、眉間を揉み解す真似をするが、胸がきゅんきゅん締め付けてくるのを誤魔化すためでしかない。胸だけでなく、下半身まできゅんきゅんしてしまう・・・。なんて、名前には、いや、全人類に言うわけにはいかない。
「ぉ・・・、俺も・・・。」
何とか声を絞り出して、自分も名前萌えだと伝えようとする。
が、
「え?先輩もメイドさんが可愛いと思うんですか?」
「え・・・?」
「ですから、メイドさん、可愛いですよねって・・・。そう、なんですか・・・?メイドさん、好きなんですか?」
「いや・・・っ??」
どうも、名前の中では話は変わっていたらしく、嫌なタイミングで伝え始めてしまったらしい。
「じゃぁ、メイド萌えで宿題しますか?何か、昨日土方先生と校長先生が、メイド喫茶に行ったって言っていましたし、私たちも行きますか?」
眉尻を下げて、物凄く悲しそうな顔をしながら、それを自分では気づいていないかのように明るく振舞っている名前を見て、斎藤先輩は大いに慌てた。
慌てて、そうすると言葉が思うように出てこなくて、立ち上がって準備をしようとし出す名前の腕を引っ張って、自分の腕の中にすっぽりと収めると、そのままギュッと抱きしめた。




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