1編

土方先生から与えられた宿題のプリントを見て固まってから、しばらく固まっていたらしい。
横に置いておいたケータイが突然ブウゥゥゥンと震えだして、体中がビクッと飛び上がるほど驚いてしまった。
慌てて液晶画面を確認すると、同じ宿題を与えられているはずの平助からだった。
「ぁ、へ、平助君!?」
「名前?なぁ、お前宿題見たか!?」
「う、うん。今見てた。で、ずっと悩んでたの。」
「これさ、一緒にやれば良いんじゃねぇ?」
「あ、そうだね。そうしようか。じゃぁ、今からそっちに行くね。」
「おう。ついでにさ、何か食べ物持って来てくれよ。今日母ちゃんパートでさ、何にもねぇんだよ。」
「分かった。じゃ、後でね。」
電話を切り、ハタ・・・と気づく。
一緒にやったところで、これ、何をすれば良いんだろう??
でも、やらないよりはやったほうがマシなはず。一つだけで良いって書いてあるし。
そう自分を誤魔化すと、名前はプリントとペンケースをバッグに入れると、即座に立ち上がった。
部屋を出て階段を降りきると、キッチンに行ってお菓子のストックもバッグに詰め込んだ。育ち盛りの平助にはそれでも足りないかもしれないと思い、買い置きのカップラーメンも一つ入れて、名前は家を出た。
すぐ隣の平助の家の前に行くと、二階の部屋から顔を出している平助が、「鍵開いてるから、入って。」と声を掛けてきた。
鍵が開いているって、なんて無用心な・・・と思ったけれど、自分が来ると言ったから開けておいてくれたのかもしれないと思い直した。そして、自分は鍵をかけて、家の中に上がりこむ。
勝手知ったる他人の家、である。
先にキッチンに入って、カップラーメンにお湯を注ぐと、お盆に勝手に冷蔵庫から出したお茶とコップと箸とカップラーメンを並べて、鞄を手に提げて階段を上がっていく。
平助の部屋のドアは開いていて、中から平助が顔をのぞかせていた。
「遅えよ。何してたっ・・・て!!あ!ラーメン!!うわ、すっげぇ嬉しい!有難う!」
ルンルンしながら、コタツの上を片してお盆を上に置けと指示してくる平助を見て、カップラーメンを持ってきておいてよかった、と微笑んだ。
3分待つ間に、持ってきたお菓子の袋を開けて貪りながら、平助はプリントを指差して、その隣にある辞書も差し出した。
「それさぁ、辞書に載ってるのって1の鬼畜と、5の離婚くらいなんだよ。どうしろって言うんだよな?第一、離婚なんか無理だし。結婚もしてないのに・・・。」
「お注射しま〜すって、どうゆうことなんだろうね?注射の意味は分かるけど、私たちが注射なんかしたら駄目でしょう。」
カップラーメンに手を出している平助に向かって問いかけると、平助が突然真剣な顔になって、
「あるよ、方法・・・。」
と言い出した。
「あ、何?」
「多分、都会に行けば売ってるよ。怪しい外国人が・・・。」
「え・・・・・・、それ、駄目じゃない!!それに、そんなことしたら、土方先生に、今度こそ本当に殺されちゃう!」
「そんなことしねーし!第一、金無ぇもん、俺。安心しろって。」
そう言いながら、最後の一滴までラーメンのスープを啜ると、ぷはーっと盛大に息を吐いた。
「とにかく、鬼畜の意味を調べて、それを書こうぜ。」
「そうだね。」
名前は頷いて、辞書を引き始めた。
「鬼畜。もともとは仏教用語で、仏教の概念である六道のうち、餓鬼と畜生の二道を合わせた「餓鬼畜生」の略語である。上記の用語が転化を重ねて、人を人とも思わないような残酷な行為、また性的行為を含む非道な行為をする人間を指して言うようになった。」
声を出して読み上げると、平助はふぅん・・・と考え込むような声を出した。
「どうしたの?」
「人を人とも思わないような非道な行為ってさ・・・・・・。」
言い難そうにしている平助。けれど、名前も確かにそこで何か引っ掛かるものを感じた。
いや、そんなはずは無い。人間味の溢れた良い教師のはずだ。いや、でも、完璧にではなくても、どこかしら・・・・・・。」
「これってさ、土方先生っぽくねぇ?」
「・・・・・・。私も、少しだけそう思っちゃったんだけど・・・・・・。」
「俺たちってさ、毎日非道な行いをされてるよな。」
「う〜ん・・・、でも、きちんと筋が通っていると思うんだけど・・・。」
「え〜!?でもさぁ、メイド喫茶に行かされたからって、一日不機嫌って、ありえなくねぇ!?それも、生徒に当り散らすって、もう、教師として、人として!どうなんだよ?」
「メイド喫茶に本当に行ったかどうか、まだ分からないじゃない?」
「あれは絶対に行ってるって!」
議論が変な方向へと転じそうになって、平助が「とにかく!」と慌てて修正した。
「感想を書けば良いんだろう?土方先生の非道に対する感想を書けば、この宿題終わりじゃん。なんだ、楽勝だったな!」
嬉しそうにシャーペンを指で器用にくるくると回して、辞書の説明文を書き写しはじめた平助とは反対に、名前は筆が進まなくなった。
「でも、性的行為も含める非道な行いって書いてあるけど、土方先生そんなことしないじゃない。」
「そ、そこはさぁ。教師だもん。したら職を失うから出来ないんじゃん?」
「でも、教師でも、職を失っても、そういう事をするから鬼畜って言われるんじゃないの?」
「だから、軽く鬼畜だって言ってんじゃん。」
「軽く鬼畜って、あるのかな・・・?」
首をしきりに傾げて、名前は考え込んだ。
やっぱり、何かこの宿題は可笑しい気がする。どうしても、普段とは違いすぎる。それに、選択肢がどれも馬鹿げていて、土方先生らしくない。
「ねぇ、やっぱりこの宿題、可笑しいよ。」
「そりゃ可笑しいけどさ。やらないで大目玉くらいより、良くねぇ?」
「う〜ん・・・・・・。」
結局、平助に押し負けて名前は一通り感想まで書き終えてバッグにプリントとペンケースを仕舞い込んだ。
少し遅れて平助も書き終えると、シャーペンをコタツの上に放り投げて大きく伸びをして、そのまま後ろに倒れこんだ。
「終わったぁ〜!!案外簡単だったな!」
「ん・・・、うん。」
消化しきれない何かを悶々と抱え込みながら俯いていると、不意にコタツの中の足に何かが触れてきた。
その何かは、ゆっくりと足を這い登ってきて、スカートの中に到達する前に、名前の手で阻まれた。
「ちょっと、平助君!?」
「ちぇーっ、良いじゃん。宿題も終わったんだしさぁ〜。」
平助はめげずに名前の腿を撫で擦るが、名前はコタツから出て立ち上がってしまう。
「宿題終わったし、今日はこれで帰るね。おばさん、もうすぐ帰ってくるでしょう?」
「良いじゃんかよ、ちょっと位・・・。」
「ちょっとじゃ無くなるから、やなんだってば。」
「嫌がらないで最初からガッツリさせてくれれば、ちょっとで終わるってば。」
「そ、そんなこと無かったじゃない!この前!!」
名前は、思い出してしまって思わず真っ赤になると、バッグを持ってすぐに部屋を後にした。
「平助君、また明日ね!朝、ちゃんと起きてよ!!」
振り返ってそれだけを言うと、べぇっと舌を出して階段を駆け下りた。
部屋に残された平助は、寝転んだまま虚しくなった手を開いたり結んだりして、「ちえぇ〜っ!」と口を尖らせた。




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